葉はぼんやりと窓の外を見た。運の良いことに、森羅学園はエスカレーター式の学校だったため、中学時代、ほとんど学校に来ていなかった、休学届は出したはずなのに登校拒否だと思われていた葉は高校生としてシャーマンもシャーマンファイトも縁の無い、普通の高校生生活を送っていた。
ただし、未だに許嫁のアンナによる地獄の特訓は継続中だ。
目が冴えて、眠るに眠れない。だから外を見た。
窓際後ろから3番目の席はクジ引きで獲得したものだが、なかなか気に入っている。
グラウンドには体育が終わって自主練称して遊んでいるらしいクラスがいた。
目を凝らすとクラスが離れてしまったまん太がいた。
バレーボールと同化して気付くのに時間がかかった。リベロに活躍しそうな体格だ。
首が痛くなってきたので、眠れないとは思っていたけれども俯せになって左側を向いた。
天気が良いのでまぶしい。瞼を透過して光がうつる。
最初は赤くみえたけど段々と白い光になった。
何かに似てる、と思った。
一年前のシャーマンファイトで見たグレートスピリッツの光だ。
そしてハオ、実感はあまり無いけれども、唯一の兄と対峙して、彼をこの世から消したときの強い光もこんな色だった。
消した、と言ったら語弊が生じる。消えていた、と言った方が正しいだろう。
もぞ、と寝心地の良いところを腕の中で探す。

「麻倉ー、起きろー」

パシパシと軽いふにゃふにゃのファイルで担任が頭を叩いた。
真ん中一番後ろのアンナが睨んでいるのが分かる。
帰りのHRが長く感じる。

「…起きない麻倉に仕事をやろうな」

イエーとクラスが騒いだ。その仕事とやらは確実に自分には回ってこないから。
対して葉はがば、と起き上がった。

「先生!それは無い!!」

葉が抗議の声を上げても担任はカッカッと笑っただけだった。

「もう遅いぞー、麻倉ー。」

ぺしっ、と威力のないファイルで葉の頭を叩いた。

「よし、クラス委員!帰りのHR連絡言ったら終わるぞー。あ、麻倉。お前は残れよ。仕事内容言うから」

教卓に戻りながら言った、最後の方は葉の方に振り向きざまに。
終わってすぐにアンナは無言で帰って行った。葉の仕事とやらを手伝う気は毛頭も無いようだ。
頑張れよ麻倉ーと野次を入れながらそこそこ喋る友人たちは部活へ行ったり家に帰ったりした。
担任は日直から受け取った日誌を受け取り、流し読みで確認すると判子を押して、当番たちも帰って良いことになった。
まだ教室で駄弁る者がたくさんいたので、先生は葉に職員室に来るように言った。
鞄も持って行くように言われたのですぐに帰れるんだろうな、と思った。

「失礼します」
「こっちだ、麻倉」

担任が手招きして、積み重なった資料やら教科書やらで出来た職員用机のどこが彼のものか分かった。案外、先生も片付け下手なんだよな、と思う。
担任は腕組みをして唸った。

「麻倉、与えられるとしたら面倒なふざけるな!ってくらいの仕事と、人のためになる仕事、どっちがいい」
「そりゃあ……」

結論は分かりきっている。

「実はな、明日転校生が来るんだ」

興味なさげに葉は聞き流した。
変な時期だとは思うけど、自分だって中学に転校してきたのは一般的にオカシイ時期だったから一方的に変だとは言えなかった。

「本当は今日だったんだが、下宿先が火事になったらしくてな」

 うわ、不憫。
そう思わずにはいられない。

「で、昨日今日はその大家がなんとかしてくれるらしいが、明日からは厳しい。麻倉の家、広いだろ?」

続きを察した。
やばい、と思ったがすでに遅い。

「しばらく下宿させてやって欲しい」
「いや、あの、でも」
「恐山も下宿してるんだろ?」

違うんです、と言いたかったが同棲だと思われる方が困る。
今は一時、たまおも住んでるとバレて面倒なことになったことがあるので、親も住んでることになっているから下宿で通っている。
ちなみに、家を開けることが多い親、という設定だ。

「頼むよ、麻倉!麻倉の馴染みでさ!!」

は?と面食らってしまった。
担任は手元の個人情報を回りの先生に葉に見せていることを悟られないようこっそりと渡した。
葉の顔が強張る。

嫌な予感が、していた。


「麻倉ハオ君だ、世界各国を渡り歩いた帰国子女らしい」

言い方は間違ってはいない。
先生は葉からその個人情報を記した紙を奪い返してファイルに直した。

「良く考えて来てくれ。彼の後見人の神父はフランスにいるから頼りにできる奴がいないんだよ」
「…親に相談させて下さい…」

帰りの途中、バスを降りて、ひたすら歩く道程で物思いに耽った。

 麻倉 ハオ

忘れもしない名前だし、顔写真も同一人物としか思えない。
一緒に住むなんてとても有り得たことじゃない。
廃墟と化したもののまだ残っているふんばりボウルの横を通過した。
辺りは相変わらずのどかだ。
ふ、と葉は頬を掠った霊気に話しかけた。

「どうしたんだぁ、阿弥陀丸」
『葉どの、おかえりでござる』

一般人としての生活ではもう阿弥陀丸は頻繁に呼び出されることはなかったが、今でも一緒にいてくれている。
その彼が武人としての険しい顔をして葉をわざわざ迎えに来たのだ。

『なんだか…感じたことがあるのに、ないような気配がするのでござる』

葉は暗闇のなか、辺りを見回した。
見えるわけではないけれどもなんとなく、ふんばりボウルの壊れた扉を抜けて中を見てみた。

「誰かいるんか?」

カサ、と音がした。
もしものために阿弥陀丸も一緒に中に入ってみることにした。
アーケードゲームコーナーを抜け、階段を見たりしたが、人の気配は消えている、と思っていたら、入って来た扉から人が走って出て行った。
反射的に人影を追いかけた。
足下のゴミも手に持つ鞄も邪魔以外の他でもないが、道案内は阿弥陀丸がしてくれる。
相手が疲れて膝に手を預けて休んでいたところを捕まえることができた。

「お前…なんで、逃げるんよ…」
「ごめんなさい、僕、野宿しようとしてて…」

長髪だったから、女かと思っていたら、声音は男だった。
彼は葉の方を振り向いた。
空気が凍った。

忘れられもしない

葉の喉がカラカラになったのが分かった。
相手の男も驚いたようにこちらを見ている。

「……お前、名前は?」
「麻倉ハオ…」

やっぱり、と葉と阿弥陀丸は目を合わせた。
でも、なんだか様子がおかしい。

「ハオ、オイラの名前は葉。麻倉葉ってんだ」
「葉…、うん、よろしく……」

チラチラと先ほどから青い顔で葉と阿弥陀丸を見比べている。
やっぱり、おかしい

「お前、森羅の転校生だろ」
「うん。下宿がパァになって、そこの先生が新しいとこ見つけてくれるって言ったからそこ探してるうちに迷ってね…」
「…それ、オイラんち。」
「え」
「しかもまだOKとは言ってねぇ」
「ええぇっ!?」

…あのハオが驚愕している。
その驚き方にこっちが驚いた。

「お前を野宿なんかに出来ねぇよ。取り敢えず、オイラんち行こう」

ハオは助かった、と思ったのか、さっさと歩みを進めた葉に付いて行った。
阿弥陀丸が警戒をしているため、葉は確かに無防備だったが、あのハオは何をするでもなく荷物を抱えてるだけだった。
キッ、と阿弥陀丸が睨むと時折怯んだようにも見える。

元民宿、格安家賃月1000円の炎の扉が開いた。

「おかえりなさいませ、葉様」
「おぅ、ただいま」

葉が帰って来るだろう頃を見計らっていたたまおは幸せそうに頬を染めたが、一瞬にして青くなった。
葉のうしろで「うわー、でっかい家だな」と言わんばかりにキョロキョロしている人物を確認したから。
ぽん、とたまおの肩を叩き、彼女の耳元で小さな声で告げた。

「…不味いことになったんよ、アンナと3人で話したいから、あいつ、風呂に入れても大丈夫か?」
「、少々、お待ちください」

急いでたまおは廊下を渡った。
その姿を見る葉をハオがじーっと見ていた。

「…彼女?」
「ちげーよ」

何言ってんだこいつ、と葉は歯を向いた。

「先、風呂入りな」
「え、いいの?」

どうぞどうぞと葉はハオに手で炎に入るように促した。
たまおから不吉な単語を聞いたのだろうアンナが、奥から現れた。
ハオの顔を見た瞬間、口が一文字に固くなった。

「葉」
「うぃ」

アンナはいつもの卓袱台のある一間に葉に視線を向けたまま入って行った。
どういうことか説明をしに来い、という訳だろう。

「…三角関係?」
「さっきから何言ってんだ」

キ、と睨みつけた。
不機嫌な様子のまま、葉はハオに浴室までの道案内をした。

「…分かった。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

デーンとアンナが魔王のような雰囲気を醸し出している。
そりゃそうだろうけど。

「で、何。だからハオを易々と家に入れるわけ?」

葉が縮こまる姿を見て思わずたまおにまでそれは感染する。
しかし、気になるところもあるので、そこは主張するべきだろう。

「いや、でもな、アンナ。あいつ、何っか変なんよ」
「裸マントの時点で既に変よ」
「いや、そうじゃなくって、オイラのこと知らない風だったし…」

う〜ん、と唸った。
気になるところはそれだけじゃない。
たまおとアンナに対してのコメントも、阿弥陀丸を見る目も

たまおもおずおずと口に出した。

「そうなんです、アンナ様。先ほど、お風呂にいらっしゃった時も…何というか雰囲気が…葉様に似た、というか…」

不躾で申し訳ない、とばかりにたまおが小さくなった。
そんな馬鹿な、とアンナは眉を寄せた。

その時、奥の方から叫び声が聞こえ、直後、ドタバタと廊下を走る足音がした。

「葉! ととと、トイレに! っ!?」

トイレ? あぁタメ五郎にビビったのか。
と3人は思って、一発脅せ、と言いたかったが、それより前にハオは腰を抜かして尻餅をついて葉たちを指差す。

「なんだよ、この家、霊の巣窟じゃないか!!」

ハオは頭を抱え込み、は、と口を押さえて、恐る恐ると言った感じで3人を見た。
3人は不審な目をしてハオを見ている。
ハオはやってしまった、とばかりに後悔していた。

「…ハオ?」
「…僕…実は、霊が見えるんだ」

知ってるさ。
というか、知りたいのはそれじゃない。
葉は試すつもりで言葉を発した。

「……オイラ、前にハオと会ったことあるような気がする」
「…え?何言ってるのさ葉。さっきが初対面だろ?」

疑惑は確信に変わった。
こいつ、記憶がなくなっている。

「あぁ、霊が見える、って前の大家に言ったんだ。赤いでっかい霊がさ。怯えた大家に追い討ちをかけるようにそいつ火を放って…君らにバラすつもり、全然なかったのに…!」

3人は目を合わせた。
アンナはハオが俯いている間にたまおに葉明へポンチとコンチを使って状況を説明するように指示した。
葉明はかなりうろたえたようだが、返事は、一緒に暮らして様子を伺え。
もしものときは


「……ハオ、実はオイラたちも見えるんよ」
「…え? ほんと?」

何もの、君達?とハオの目が語っている。

「オイラはシャーマン。今はまだ森羅の学生だけどな。じっちゃんから許しをもらった、ハオ、ここ住んで良いってよ」

葉はハオの手を掴んで起こした。
ハオは感きわまったかのように葉を抱き締めた。

「ありがとう! しかも霊が見える同士だなんて!!」

その様子を見てアンナはカッと目を見開いた。
怒ってる、と思わず冷や汗が出た。


戻ってきたあの人




こうして、ハオを交えた4人+霊の生活は始まった。
 
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