「ひっ・・・!」


男の引き攣った、何かに脅えた声が暗い路地裏に響いた。彼と、もうひとり以外は誰もいないのだからそれがさらに、彼をどん底に貶める。


青いよくあるタイプのゴミ箱に引っ掛かり、中のゴミをぶちまけ、そのまま前のめりに倒れた男に近付く足音。

「・・・っ頼む!金なら払う!!どうか、どうか・・・命だけは・・・!」

「あ、そ」

声変わりはしているが、それがまだ未成年であることは明らかだった。
彼はカチリと銃を構える。

「・・・お願いだ・・・っ、俺には家族が・・・!」

男が懇願するのも構わずに、彼は「じゃぁね」と引き金をあっさりと引いた。

なんて事はない。
ヒトひとり殺すなんて、あっと言う間だ。

ほら、ご覧。
さっきまで逃げ回っていた男が、今は、眉間をたった一発撃たれて、ゆっくりと後ろ向きに倒れてく。

ドサ、と音がし、男が事切れてから彼は言った。




「ちっちぇな」




もがけばもがくほど、その存在は浅はかに思えてくる。

ブロロロ...と車のエンジン音が彼に向かって近付いてきた。

「終わったみたいだな」
「当たり前だろ、僕をなんだと思ってるんだい?」

長身の男は先程の男を見て「うわー」と言った後に手を合わせた。

「で、何の用なんだい、シルバ」
「ん?迎えと見送り。次の任務のお知らせ」
「・・・僕をストレスで禿げさせるつもりかい?」
「そう言うな。何てったって、お前ほどの殺し屋はいねえからな、ボスも気に入ってるんだろ?」
「・・・ちょっと外れかな、それは」

少年はシルバから渡された服に着替え、返り血が付いた服をゴミ袋に詰めた。
それをトランクに積むと、後部座席に乗り込み、シルバは運転席に乗り、車を発車させて話し出した。

「今から空港に向かう。詳しいことは多分、後でメールが行くと思うが、ターゲットは依頼主本人。だから、結構、今回は楽なんじゃねえの?」

「自分から?よっぽどの馬鹿だね。大抵はさっきみたいな奴ばっかなのにさ。その命がもったいないっての」
「それをお前が言うのか」

シルバは苦笑して言った。

「荷物はトランクに用意してあるし、ちゃんと航空側には息をかけておいた。」
「そりゃね」

少年は肘をついて、窓の外を眺めた。
UVカットの窓が殺風景な風景をより寂しく見せた。

「かー、可愛くねぇガキだなぁ」
「どうも」

空港につくと、シルバにトランクの荷物を渡され、歩みを進めた。

「いってらっしゃいな、ハオ」
「気安く呼ばないでくれる?」

いってくるよ、と自動ドアを潜ったハオに手を振り、シルバはふぅー、と煙草をふかした。

「・・・カウントダウン、スタート」










ガラガラとカートを引いて、ハオは空港ロビーまで進んだ。
流石、とも言うべきか、そこから搭乗も何の障害もなく通り過ぎていった。

座席はいつも通り、窓際。
運のいいときは、二人用シートにひとりだけでのんびりできる。
そして今回は

「おにーちゃん、いいなぁ!おそと見えるぅ!!」

・・・通路を挟んだ隣が子供連れ・・・しかもまだ幼児連れの親子だ。
したがって、これはアンラッキーとも言える。

「ままぁ、ぼくもそと見たぁい」

子どもは母親の腕を揺さぶって駄々をこねた。
母親が、彼を制しようとしたが、まぁ案の定というか、今度は泣きべそをかき始めた。

思わず溜め息が出てしまった。
子どもは見るのも嫌だった。
何か、昔あったのかもしれない、が、ハオ自身には銃の訓練に明け暮れる日々になっていたところからしか記憶がない。
無くした記憶に、何かあるのかもしれない。
まぁ、過去をうじうじ考えるのは彼の性格上、有り得ないことだが。

「あの、良ければ僕、席換わりますよ」

唖然、とした表情で母親はハオを見た。
「いえ、そんな、ご迷惑はかけられません、只でさえ今、こんなに五月蝿くしてしまっているのに・・・」
「お子さんの満足のいく方法にはなると思いますよ?」
「おにーちゃん、かわってくれるの!?」

換わってやったらやったで、興奮して煩かったが、泣き喚かれるよりは随分マシだ。
機内アナウンスが流れたあたりでもうハオの眠気がさして来た。
添乗員のお姉さんがたが緊急時用の指導をしている。
完全にウトウトしていたところに、急に上昇する機体は首がキツイ。
ガコン、と首へ訪れた衝撃のおかげでさっぱり寝ずにすんだ。



キャビンアテンダントは大変だと思う。
あちらへこちらへ行ったり来たり。
酔ったりしないもんだろうか。

などと、当たり障りの無い事を考えているところ隣の、例のガキンチョの所にそのひとりが近付いた。

キャッキャと猿の様に喜んでいる。
彼女が通り過ぎると、子どもはハオの方へ身を乗り出した。

「おにーちゃん、はい、あげる!」

小さな手の上にはオレンジ色のキャンディひとつ。

「さっき、おねーさんがくれた!」

それを、この殺人者にやるというのか。
知らないから当たり前だが、このあまりにもな純粋さにハオは一瞬たじろいた。
それでも、ありがとう、と受け取ってやると、その子はまた、純粋な笑みを湛えた。
その、穢れた暗殺者に。



目的地の空港に着くと、何度もハオに頭を下げる母親に連れられて、子どもは去っていった。
最後の最後にハオは席をたった。
手荷物を肩にかけ、ポケットに押し込んだ先の飴を開け、口に放り込んだ。

「甘」

子どもは嫌いだ。
何か、思い出しそうで嫌だ。
純粋だから嫌だ。
自分と相反しているから嫌だ。
浮き彫りにされるようで、自分で自分が嫌になって。

だけど、その口元には「甘い」と文句を並べながらも、彼にしては珍しい、無意識的な微笑みが浮かんだ。


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