風を切る音が聞こえる。
夕方から夜に変わろうとしている、あまり手入れをされておらず、ぽつぽつとつきはじめた街灯で頼りない暗い公園に差し掛かった葉は100キロマラソンの足を、動かし続けてはいるが、足踏みで留まった。
いつものコースならば走りやすい舗装された場所を選んでいるが、その音は緑が生い茂る普通のこどももよっぽど虫とりなんかでなければ入らないようなところだ。
じい、と目を懲らしても誰かいるな、ぐらいしか分からなかったので近寄る。
「あれー、蓮じゃないか」
「その間抜け声は葉か」
顔見知りの随分な言動をものともせず葉はうぇっへっへ、と笑いながら今度こそ走るのもやめて彼に近寄った。
蓮も同様に鍛練を止め、顔に流れる汗を腕で拭った。
持ってきていた水をぐい、と飲んだ蓮は葉をチラ見してそのペットボトルを投げ付けた。
「サンキューな、蓮」
首にかけたタオルの端で額に浮かぶ汗を拭いながら葉は水分を補給する。
「…………ぷは!」
「貴様、俺のものをどんだけ飲んだ」
「うぇへへー、スマンスマン、喉渇いてたんよ」
笑いながらペットボトルを返そうと差し出した葉から不機嫌そうにぶん取った。
ふ、と葉の目に蓮の二の腕が映った。
葉に比べたら身長は低く、身体の線も似たり寄ったりな気がするのに力を抜いている今の状態でも筋肉の存在が確認できる。
自分のぷよっ、と掴める二の腕を思うと少し悲しくなったりもする。
羨望と願掛けを込めて、ぺたぺたと触ってみた。
「……なにがしたい」
「いやー……蓮の筋肉すげぇなって思ったんよ」
フン、と蓮の鼻が鳴った。
「相応の鍛練の賜物だ」
「うへぇ、オイラの苦手な言葉だ」
「手に入れるにはその価値の倍こちらも何かせねばならないとだからな」
キョトンとした葉は蓮の腕を触っていた手を、彼の額置いた。熱はない。
「………なにがしたい」
「……いや、オイラと初めて会ったときの蓮からすごく離れた台詞だったから」
「ばかもの」
ぱしん、と葉の腕が払われる。
「貴様が俺に教えたんだ」
眉を寄せて首を傾ける彼を見た蓮はいつまでもそうしてろ、と厭味を込めた笑みを浮かべる。
日本に、東京に来て目にした強い霊をつけていた日々が懐かしい。
たしかに彼はいい霊だったが、実際、もっと別なものに惹かれていただけのような気もしている。
「む、もうこんな日暮れか」
オレンジがかっていた空が完全に消え、明かりは人工的なものに変わっていた。少ない荷物を片手に持ち上げさっさと帰宅の準備を進める。
「葉、貴様も鍛練途中だろう」
「どういう意味なんよ?」
「俺は帰る」
「じゃなくて」
言わなければならないのか、と肺に含んでいた空気をすべて出し切る溜め息を排出した。
空いている手で葉の両頬を掴む。
「痛!なにがしたいん「貴様が欲しい」……よ?」
数拍遅れて葉の顔に温度が集中した。
「そういうことだ、覚悟しておけ」
頬から手を離した蓮はさっさと踵を返して帰路を辿り出した。
言ってしまった、と手の平で口を覆うと明らかに手と顔の熱さが違うのは彼も同じだ。
「………うぇぇええぇえ?」
背後から奇妙な鳴き声が聞こえて、こそりと後ろを見たら、参った、と言いたげにしゃがみ込んでいる姿を確認できた。
言わなければいけないような状況を作ったのは相手だと言い張りたいのはお互い様だ。
墓穴、掘ってみた
20111104/いい蓮葉の日