バイトに行くちょっと前に少し話したいからと誘われて喫茶店に男二人で入った。端から見たら実にシュールな光景なんだろうな、なんて客観的に考えてみた。
自分を自分とはさらに違う立場から見ることで肝心なことを話さないでいられる、これが俺なりに考えて編み出した、といえば聞こえが良すぎる、自然と身に染み付いた自衛本能の一端に外ならない。

注文していたブラックコーヒーが湯気をたてている。
向かいあうように座っていた相手は少し冷えた指先をカップで温め、コーヒーを口にした瞬間、顔をしかめた。

「ブラックだめなら最初から頼むなよ」
「あんまり飲んだことないからそれさえも分からなかったんよ…!」

うえ〜と舌を出したままにした葉にテーブルに置いてあったミルクと砂糖を寄越した。
かわいいなぁ
だなんて5杯目の砂糖を入れる葉を前にして思っているから多分これはもう末期だ。

俺と葉が初めて会ったのはごく最近。
合コンメンバーが足りない呼び出しにかけられた、自称情報通のダチは学年首席を鼻にかけた気取ったやつにも声をかけたらしいがフラれたらしく、代わりに派遣されたのがこいつだったというわけ。一目見た瞬間わかったストラーイク。
あのいけ好かない男の弟とは考えられないっていうか考えたくない。
その日は適当に女見繕って興味ないから途中で別れた。葉とは友達にこぎつけたから成果はあったと思う。葉はそのまま女と帰って、後で聞いたらごまかされた。多分いただかれた方なんだろう。

くだらない邪推をコーヒーと共に流し込む。
報う報われないどころか告げるつもりもない想いに左右される気は毛頭ない。
そもそも今日のこれもその女のおかげとも言える相談なのだ。

「で、例の彼女さんとの関係は進んだのか?」
「んーー……オイラは付き合ったつもりだったんだけどそっけないんよ…」

端からそっけないそぶりしか見せない女だったけどな。よく引っ掛かったもんだあれに。

「もしかしてただの吊橋効果に引っ掛かってただけなのかもっていう気もするんよ」
「吊橋?」

聞き慣れない言葉にコーヒーが喉を通過するのを突っ返させた。甘いコーヒーをちびちびと飲みながら葉は「んー」と相槌もどきをうつ。
そういえばこいつ心理学をふざけて履修してるとか言ってたな。

「吊橋渡る時に揺れてドキドキしてるのを恋のドキドキと勘違いするってやつ」
「映画の主人公が毎度ピンチに陥ってその場にいたヒロインとキスして終わるとか」
「それこそまさに吊橋効果の典型なんよ」
「葉の場合にはつれない態度が怖くてドキドキ?」
「オイラこの子すっげー好きかも」
「って。おまえ失礼にも程があるだろ」

正当な突っ込みは「たしかに」と納得されたはずなのに笑われた。
手にしたカップをテーブルに置いた葉はほお杖をついた。

「日常生活でそんな効果ある方法あるわけないっていうふうに思ってたんだけどなー」
「ふぅん」

コーヒーを飲み切ったことに気付いた。カップの底に溜まった飲み残しがいびつな円を描いている。
ダラダラ話されても手持ち無沙汰だ、と思いながらもう中身はないすに口付けた。

「二度と吊橋には引っ掛かりたくないんよー……そもそもどういうときに発動するんだか」
「そーだなぁ」

テーブルの上に置いた携帯のディスプレイのデジタル時計がそろそろバイトに行け、と急かす数字に変化していた。

葉はのんびり屋に輪をかけたような奴だから、ペースの全てを委ねていたらサボりになってしまう、ないしはクビ。ビンボー学生としてはそれは避けたい。
のんびり甘いコーヒーを啜る葉をちらりと見た。
それに出来ることなら長々と二人でいたいとは思えない、恋愛相談なんか以っての外だ。誰が好き好んで好きな奴のそれを聞きたがるというのか。

パン、手をたたき合わせた。

びっくりした葉の白目が広くなった。口に含みかけのコーヒーがまたカップへ、そのほか漏れた分はテーブルやらへ。

「びっくりしたぁ、なんなんよっ!?」

葉が見苦しいものを拭うためにウェットティッシュで急いでテーブルを拭いつつ、目はこちらを向いたままにしていた。

「葉」

そ、その手に自分の手を重ねる。

「好きだ、こんなこと言うつもりなかったんだけど」

目を伏せて触れ合う手を見詰めた。
我ながら良い演技。半分本当だからなんだけど。
これであとは冗談だと笑えば良い、そしてそのまま笑って別れたらバイトに間に合う。

「え、ちょ、待っ……ホロホロ、マジか?」

ほら、ここが良いタイミングだ。
俯いていた顔を元の位置に戻す。今度は自分の白目が大きくなる番のようだ。

頭の中でドン引きしていたはずの葉の顔は、頬が赤く染まっている。

「どうしよう、スゲー嬉しいんだけど」

葉のもう片方の手がさらに重なった。
予想外だ。
「おまえ吊橋効果二度と引っ掛かりたくねぇってたった今言ったくせにもう引っ掛かったのか」と一笑するのもまだ間に合う。だけどそれさえ出来ない。重なった手に視線をずらすことで平静を保とうとしたけれども。

「なあ、これってどういうことだ?」

心臓から通常よりも大量の血液が送られているのか耳の奥までドクドクと体内の音が聞こえた。



ここからのはなし
どうしよう、予想外だ。

20101127
ホロ誕とか言う意味は特にない
ガチフォモホロが書きたかった
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