その日、学校に行ったはずの兄さんは、たしかにちょっと寒さを覚えたのかシャツの前をきっちり閉めてブレザーまで着用して登校していた。
なのに、俺とセイラームが各々和室兼リビングにあるちゃぶ台で宿題なり、たまお姉さんが作ったおやつ食べたり、アンナ姉さんが置きっぱなしにしていた日本名旅館100選という雑誌を読んだりしていたら、ブレザーを脱いだ兄さんは頭に角、黒い風呂敷マントを首に巻き、口にはご丁寧にドラキュラか何かの牙っぽいものがついた口を携えて、リビングの襖を開けた。
最近はシャーマンファイト中よりは変えるようになった、それでも表情変化に乏しい妹でさえ、ポカンと口を開けていたのだ。俺なんかあんぐりと開いた口がしばらく戻らないくらいだった。

多分リアクションが欲しくて兄さんは俺達を見ていたが、ついに沈黙に耐え兼ねて、ドラキュラの口(おしゃぶり型になっていた)を外して
「お菓子をくれなきゃーいたずらするぞー」
と言いながらバサバサと腕を広げて振った。
ドラキュラなのか蝙蝠なのかハッキリしない。

「え、えと、セイラーム、これってあれだよな、この前兄さんと竜のヤローに豆当てまくったやつ、ま、豆どこだ、たしかあんときは豆を姉さんたちが用意してたから…」

セイラームがこちらを見てふるふると首を横に振った。

「ルドセブ、おまえ仮にも西洋圏の出身だろ、ハロウィンてやつなんよハロウィン」
「ハロ……?」
「日本でいう盆的な?あの世からこの世へ戻って来たオバケに紛れて仮装して近所に『トリックオアトリート』って言うんだってさ」

そういえばうろ覚えな記憶に……あったか?
クリスマスしか記憶にない強烈インパクトがないんだけど。善くも悪くも原因は父ちゃんだけど。

「と、言うワケでほら」
「トリックオアトリート!」
「ぶっぶー、オイラが先に言ったから、ルドセブの無効ー。ほらお菓子出すんよー」
「えぇーっ!!おやつ全部食ったし!な、セイラーム!!!」

コクコク、とセイラームが縦に首を振った。
兄さんは、にまぁ、と口の端を横に広げた。

「よし、じゃ、ルドセブ覚悟なんよーっ」
「え、ちょ、兄さ、ぎゃーーーっ」

俺が脇腹弱いと分かっているくせに兄さんは「こしょこしょー」と言いながら絶妙な手つきでこしょぐって来た。
くすぐったさから来る鳥肌と笑わずにはいられない生理的反応と身をよじればよじるほどおもしろがられる悲しい運命を目の当たりにしたセイラームは可哀相なお兄ちゃんを残して一人部屋から逃げた。

「あ、セイラーム、待て〜イタズラするんよ〜」

善くも悪くもやっとセイラームのおかげで解放された俺は、ぜいぜいと乱れた息を整えながら、帰って来たアンナ姉さんがこの後何度も連発して言う兄さんの「イタズラするんよ」に対して「このロリコン」発言と共に繰り出されるビンタまでの間、兄さんとセイラームの鬼ごっこを見ていた。






「っていうのが俺のハロウィンの想い出だなー」
「あー、そんなことしたっけな」

若かったな、オイラも。とか言いながら、流浪の旅からふらりと帰って来た、ついでに民宿というか旅館というかな現・ふんばり温泉から独立した俺のマンション見学に、と寄り道した兄さんが懐かしそうに笑った。

たまたま日付が30日で、あ、明日ってハロウィンじゃーんから始まった話だった。
夜っぽくなってから結構時間経っていたし、兄さんがコンビニで酒買って来てたというのもあって、綺麗に片付いていたはずの部屋は空き瓶と缶が大変なことになっている。
セイラームが友達とオールすると言っていて助かったと心から思った。
今も口数は多いわけではない彼女は氷の眼差しで睨み付けて来たはずだ。

「あ、12時越えたー。ルドセブー、トリックオアトリート」
「酔っ払いなのにしっかりしてんなー兄さんさすが」

だいぶ食べ尽くしたツマミのカスを見つめた。
サキイカの一本でも残っとけば黙って渡せたのに。

「お菓子がないんならどうなるか分かってるよなー?」

ニシシ、と笑う酔っ払いは可愛くもなんともない。
うっげ、来たよコレと咄嗟に脇腹隠すしかなくね?と身を構えた俺に昔と同じように近付いて来た兄さんは「んー、そーだなー、性的イタズラでもしてやろう!」と言い放った。

ポカンとしたのもつかの間、冗談にしてもやめてくれ、自分がどう思われているかも知らないくせに!

と、期待と恐怖の境目でわたわたとしていたら、人差し指を合わせて拳を握りあっていた。いや、それもまあ性的っていうなら性的だけどさ。

「なーんてな、オイラももう大人だから冗談なんよー」
「………じゃあ兄さん、俺子供だからトリックオアトリート」
「後出しダメー」
「大人相手なら無効だろ?」

兄さんが脇腹弱いと分かっているくせに俺はニヤニヤというか、ムカムカというかムラムラ来たから、絶妙な手つきでこしょぐった。

「兄さん、お菓子」
「ツマミ、持ってきた」
「今日の分は?」

首を横に振った兄さんは、くすぐったさから来る鳥肌と泣かずにはいられない現状況と素直な主に下半身による生理的反応を見せた、おもしろい。

「じゃあいたずらだね」

ドラキュラみたいに兄さんの首筋に噛り付いた。

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