麻倉父子





気まずい。



入り慣れているはずの元民宿・炎、現激安賃貸一軒家の露天風呂。 シャーマンファイトが終わってからというもの、元からあまり人気のない辺鄙な場所にあることも相俟って、贅沢に一人で入ることが多かった。 たまに遊びに来るまん太や竜、ごく稀にはるばる遠方からホロホロや蓮もやって来ることはあったが―――――――――

「ははは、良いお湯だね、葉。 昔、茎子さんにお湯を借りに来たときのままだよ」
「そうなんかー」( …………何を喋ったら良いか分からん )

あまり接したことがない父幹久の突然の来訪・及びレッツ男二人裸の付き合いというダブル攻撃に葉はほとほと困っていた。 ちらりと横目で父を見遣る。 風呂だというのに仮面を付けたままな辺りやはり変態だ。

「葉、あまり人のことを変態だと思ってはいけないよ」
「うぃっ!」

霊視かっ、霊視できるのか!!?一人、心の汗をダラダラ流しながら固まる葉を見た幹久が笑い声をあげた。

「僕は普通の父親じゃなかったからねー、なかなか普通の親子みたいなこと出来なかったからたまには良いじゃない」
「たまにってか……急過ぎるんよ…」
「僕はどっきりが好きだから…………ところで葉はアンナちゃんと何処まで行ったんだい?」
「んなっ!?」

風呂で上気して、以外の意味で顔に熱が集中した。 真っ赤な茹蛸のようになった息子を見た幹久が「そんなに照れることないのに」と呟く。
今までまともに父親らしいことをしてこなかった彼に普通の父子の会話を少しでも期待した自分自身を呪いながら葉は湯に顔を埋め、ぶくぶくと泡を吐き出した。

「別に恥ずかしい事じゃあない、夫婦になって、子供を授かることほど平凡でしあわせなことはないのだから」

顔を上げると、夜の空に星が浮かんでいる。 脱衣所の電気が邪魔をしているが、たしかにぼんやりと見えている。

「僕はね、葉。 そんなしあわせから自ら逃げ出した男なんだ」

泡を吐くのをやめた葉がゆっくりと幹久の顔を見た、仮面が湿って、目の辺りからつ、と水滴が垂れた。

「子供が生まれて、……しあわせよりも憎しみ…悲しみ………なによりも情けない気持ちに苛まれた僕は、強くなりたいと言って、茎子やお義父さん、そして君を麻倉家に残して世界中を渡り歩いた。 強くなって帰って来ると茎子に言い聞かせていたけど……………本当のところ、葉、君から逃げていたんだ、君が怖かった」

葉は返事をせずに黙り込んだ。
ショックを受けていないと言ったら丸きり嘘だ。 しかし、葉もあのシャーマンファイトを通過しただけの強さと優しさは持っている。
熱くなる瞼、閉じると浮かぶ、現在のシャーマンキングの姿、葉に似て、似つかない彼の姿。

「君にあの子の影を感じる度に顔の傷が疼くんだ。 もう、火傷の痕なんかほとんど見えなくなっていたんだけどね」

葉が知るはずもない彼が産まれた日。
産声を上げたのは葉より先にハオであり、かつ、幹久 も であった。

「本当に、茎子の、僕の愛する妻のお腹の中に君達がいると知ったとき、僕はしあわせだったんだよ」

幹久の脳裏に走る葉明の苦悶に満ちた表情、木乃の口唇を噛み締める姿、茎子の、驚いて目を見開き、揺れる瞳、お腹を押さえ、強く閉じられた瞼―――次に開けたときの強い瞳。

「君達は僕らにしあわせと同時に不幸も与えたんだ」

もちろん、それは葉の知ったことではない。 二人ともそれは理解している。 ただ、幹久は感じていたことを淡々と述べているだけだ、別段、酷いことを言っているわけじゃない。 それでも葉の胸はちくりちくりと針に刺されているようだった。

「自分の顔を見る度に憎しみに駆られたよ、君に何の罪はない、それなのに憎くて、でも茎子と僕の愛する息子で、」

葉に幹久の気持ちは分からない、察することは出来ても、同じ気持ちになることは不可能だ。
葉も父親を憎む気はさらさらない。

「………今は、もうファイトも終わって、王も人間に猶予を与えている……僕の使命も終わったも同然だったから落ち着いて考えたら、君に会いたくなったんだ」

ゆっくりと、仮面が外された。
初めて見る父の顔は、白い湯気に邪魔されてよく見えない。

「……僕は弱い父親だった、ごめんね………だけど、葉が生まれてきてくれて本当に嬉しかったよ」

白い湯気が邪魔で、父の顔が見えない。

「僕は、葉にはしあわせになって欲しいと願ってるよ」
「…………おう」

瞼の奥に熱が溜まる、長風呂だったのかもしれない。
ざば、と湯舟から立ち上がり、脱衣所に向かった。 葉の後ろでそれを真似た音がする。

「いやー良いお湯だった、湯上がりのビールはあるかな」
「さあな、たまおに聞いたら良いと思うんよ」
「葉は風呂上がりに牛乳かい?」
「蓮と一緒にすんなよー」

軽く身体を拭いて、下着を履くと、気を利かせたたまおが置いて行ったのだろうか、缶ビールとコーヒー牛乳瓶が椅子の上に置いてあった。
二人がパンツ一丁でグビッと飲む姿は実に父子らしい姿に映った、近くて遠くて、普通ではないかもしれないけど、これはこれでしあわせなのだ。



茂みから二人を眺めていた阿弥陀丸がずびっ、と鼻水を飲み込み、堪え切れない涙を拭うと、肩をポンと叩かれた。
『タメ吾郎殿………』
『良いねぃ、父子っていうのは……』
きらり、涙が光る。
ひとりのしあわせは伝染もするらしい。





20100512
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