朝。目が覚めて、顔を水で洗おうと洗面所に向かいながら欠伸が飛び出た。

幼いころの修業着は誰に与えられたものかなんて覚えてない(でもなんとなくばあちゃんだった気がする)。小学校に上がると洋服の量が少し増えた。だけど幼稚園のころより内向的になって(友達いねえから)、服を買いに行くということはほとんど無く、専ら通販に頼り切りだったが、それにも悩ましいことがあった、だけど母には打ち明けられなかった。

気のせいだ、と思い込もうとしていたが、母も祖父も葉のシャーマン能力が成長を遂げるにつれて、彼を見る目が強張っていく気がしていた、しかもだんだんその片鱗は日常生活時にまで顕れるようになっていた(それか、意識して観察してしまっていただけか)。喜んでくれているようで、その奥に沈んでる感情があの表情ゆ生み出していると察していたが、その感情までは本能的に理解しようとしなかった。結果、余計に自分を主張することが極端に減少している。

葉が東京へ行くと宣言したあと、祖父の葉明は前から親交がある森羅学園への編入手続きをはじめた。
ひとつ、口にしたいことがあったのに、たった一言が葉の喉から出てこようとしない、へばり付いたまま。
母の茎子が上京してOLをしていたころにも借りていたというなかなか借り手がつかない格安物件に引っ越して数日すると、祖父が揃えた学園に通うため必要なもの一式が宅配便で届いた。中には指定鞄と教科書、制服。
新しいものへの喜びは押さえ切れるものでもなく、さっそく着ていたラフな部屋着を脱ぎ、試着してみた。

そして予想通り、凹んだ。
凹むとわかっていたのになぜ忘れてたのか、自身の学習能力の無さにまで凹む。
長かったパンツの裾を曲げながら、誰かと話したくなった。引っ越したばかりで、というだけではなく友達はいない、そのうえ辺鄙な場所に越したため近所もない、話し相手になるといえば霊たちだけだが、彼らもまたまだ親しめていない。
ふと思い出したのは、駅の近くにあった霊園だ。
“友達”つくろう、そう思って試着した制服を脱ぐと、さきほど脱いだばかりの服を身につける。
体温が移っていたパンツは、なんとなく気持ち悪く感じがした。体温だけのせいだ、そう思い込もう。


な ん で 今 更 そ ん な 夢 を み る。


洗面台の鏡の中にいる葉はがっくり肩を落とした。(夢の中で凹んでいたことに現実で凹むとか余計凹むんよ)
蛇口を捻って出ている水は葉を馬鹿にしているかのようにじゃばじゃばと音をたてている。
忘れよ!!とその勢いの水を手の平に救ってざばざばと顔を洗う、ほてった体温に気持ち良い冷たい水だった。

「葉、これ」

声がしたほうを向くと、アンナがタオルを葉に差し出している。

「サンキュ」

へら、と笑い、それを受け取った葉は顔周りに付着した水をゴシゴシと拭った。

「なに言ってんの、アンタのシャーマンキングになるための最初の試合は今日なのよ?妻としてこのくらい当たり前よ」

ニヤリと笑ったアンナに肯定も否定もできない葉は引き攣るような笑いを漏らした(だったらいつもはなんなんよ)。

「ふふふ、未来のふんばり温泉の宣伝にもなるし、麻倉として恥ずかしくない装い、ちゃーんと用意してあるんだから」
「……!…ア、アンナ、頼むからガキの頃の修業着だけは…!」

予選での季節外れも酷いあの装束は若干トラウマで、青い顔をした葉がふるふると首を横に振っているにも関わらず、アンナがその様子を楽しんでいるのは明白だ。
そして彼女が背中に隠し持っている衣装は、明らかにトラウマのあれだ。

「で、仕上げがあと少しで終わるからちょっと着なさい」
「ちょ!アンナ、ホントにやめて!!せめて短パンは!短パンはオイラ恥ずかしい!!恥ずか死ぬ!」
「ひざ小僧萌えるじゃない!!」
「エ?」
「いいからホラ早く!着ろ!脱げ!」
「ちょ!アンナ、脱がすな!!」
「今さらアンタの下着姿どうってことないわよ」
「ちょっとは恥じらってーーッ!!?」

ポイポイと身ぐるみ剥がされた葉はベソをかきながら着替えくらいできると訴えて、ようやく離れたアンナ(しかし着替え姿をガン見している)から渡された衣装に身を包もうと上着は棚に置いて、パンツをひろげる。ひろげたそれは予想よりも長く、驚いてキョトンとした葉を見たアンナがどや!と鼻を高くしていた。
短パンのトラウマから解放された!と嬉々として頬を赤らめてアンナを見た葉は舌打ちをこぼしながら「早く履け!」と彼女から唸り声を浴びせられて一瞬で怯んでいる。
しょぼしょぼと宣伝服ならぬ戦闘服を身に纏った。

「……やっぱり少し、裾長かったわね、裾上げするわ。ジッとしてて」

側に来て葉の足元にしゃがみ込んだアンナにどきりと心臓が跳ねる。
わたわたと目のやり場に困った葉はぐるぅりと目を回して落ち着こうとするが、うっかりアンナが視界に入るとせっかく水で冷めた頬がカッカとほてっていくのをありありと感じた。
心の中で阿弥陀丸を呼んだが如何せん、彼は異常に空気を読む霊であるためこの場所に現れる望みはないだろう。

「葉、これくらいでどう?」

呼ばれて下を見た葉は顔の中央に集まった熱をどうにか押さえた。膝立ちして背筋を伸ばしたアンナが上目遣いでこちらを見ている(これは裾上げだ、ただの裾上げだ!)

「た、大変けっこうなお点前で……」
「それはお茶でしょう」

おバカ、と立ち上がったアンナに軽く額を叩かれた葉(鼻血危機はやり過ごした)はヘラ〜、とゆるく笑んだ直後、アンナの肩に顎を乗せた。

「ちょっ、なに、なんなのよ葉」
「嬉しいんよ」

へへへ、と笑った葉の顔はアンナには見えなかったけれども肩から伝わる体温は熱い。肩だけではなく、背中にも腕を回され抱きしめられた。

「母ちゃんに裾上げとか、頼めんかったからな」

そんな些細なことさえ甘えられない。そんな雰囲気。
そして生来の物ぐさも加わり、長いパンツは折り曲げて履いてばかりで、だけどファッションだと言い切ってしまうのはまだ淋しい、と心が訴えていた。

母と祖父に時折壁を感じたのも、葉のときたま見せる顔に、赤子の恐怖が垣間見ることがあったからだったのかもしれん、と今なら納得できる。けど、何も知らなかった葉はひっそりと傷付いていたのだ、そしてその埋め合わせを感じた、ふにゃ、とした笑みはもうしばらく途切れそうにない。

「……あたしは、葉の許嫁よ、…そのくらい、いつだってやってあげるわよ、おバカ」
「うぇっへへへ」



君の愛とやらを咀嚼する



「ところでなんでそこまで顔赤いのかしら?」
「一瞬、アンナが●ェラってくれてるように見えt」
「キ●タマ潰していいわよね」
「すみませんでした」
「あたしは、葉の許嫁よ…」
「えっ(ゴクッ)」
「……なんて言うわけないでしょ大バカ!!今日は地獄の特訓10倍!」
「ウェー……オイラ、今日試合…」



/20110428
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -