あまり必要性も感じずにずっとどこに行ったのかさえも忘れていた携帯電話がもちろん電池など底を突いた状態で見付かった。それまで特に蜜に連絡を取っていたとはどう考慮しても考えられないが、「一人暮らしを始める息子にせっかく与えたっていうのに、どうして放置しているのかしら。『やっぱり固定のほうがよかろう』とお父さんは言って結局固定電話繋げたけれどね?それでも基本料金だけを払い続けていた私はなんなの?馬鹿なの?」という母、茎子の迫力に怯え、やっとこさのことである。
帰りのホームルームが始まる前に思い出したようにまん太にそのことを話せば、「持ってたの!?」とびっくりされた、もともと繋がるような友人もいないのにな、とあっけらかんとした葉になんと声を掛けたら良いものか、悩むまん太を他所に、葉は底抜けの明るさでその携帯とやらを鞄から取り出し、

「と、言うわけでまん太のアドレスとか教えて欲しいんよー」

と申し出た、もちろん、拒否するはずもなく、まん太は自身の携帯電話を取り出す。

「じゃ、打つから暗唱してくれ」
「わざわざっ!!!!???古典的っ!!?いまどきっ!?」

バシーンッと机に当てつけられた万辞宛を軸にしてまん太はお尻を突き上げた。

「うぉっ!びっくりしたー、まん太またつっこみスキル、アップしたんか?」
「葉くんがパワーアップして!!」

んもぅっ!とまん太は頭からプリプリ湯気を沸かす。
「いまどき手打ちって」
その横っ腹に突如衝撃が降って湧き、「ぶふぅっ」と言葉にならない声を凄まじい音速で吐き出した。

床に突っ伏し、ぴくぴくと痙攣を起こした友人に向かって、葉は「まん太ーーーーっ!?」と大声と目玉が突き出した。
当事者、まん太を足蹴りした張本人は「あら、ごめんなさい、小さすぎて気付かなかったわ」と悪びれるそぶりも見せず、彼がチャームポイントだと思い込もうとしていたコンプレックスという傷口にさえ塩を塗りたくった。

「葉」
「うぃっ!」
「学校終わったら、アタシはこれから買い物行くのだけれどどうする?」

無言の着いて来るわよねという圧力に葉は屈していたし、悲しいことにいっそうのこと気絶したかったと思う余裕があるほど打たれ強くなってしまったまん太も気迫に押し潰されるのではと唾を飲んだ。

「行きます!一緒に行きます!!」
「あらそう、じゃ、荷物持ちよろしくね」

もとはまん太がいた場所からにこり、含み笑いを見せて去って行く彼女に恐怖で引き攣る笑みを返す。ジロリ、彼女が睨む視線も少し感じたが、気のせいだと思いたい。
「……標準敬語になってたよ葉くん」と囁く小さなツッコミに応対する気力もなくなった。

「なんだってんだぁ、アンナの奴、急に……」

いつもは即帰って、オイラが帰る頃には南部せんべいかじって寝てるのに、と文句を垂れた。
まあまあ、と宥めながらまん太は早々と奇跡の復活を見せただけだった。文句の延長を聞いて欲しいっていうのに。

「まぁまぁ、放課後デートっていうのも恋人みたいで良いじゃない」
「デ!!?」

ぼふんっ!と顔を染めた葉に微笑んだまん太はこっそりと自分の携帯を元の場所に直した。
帰りのホームルームが始まっても鼻の下を人差し指で擦る葉の頬はいつまでも色落ちせず、ぼんやりとしていたら、いつの間にか終わっていて「じゃあね」とまん太に声をかけられたので「おう」と返していた。

「………あ!結局アドレス聞くの忘れてたんよ!!」
「なに大声出してんのよ恥ずかしい」

じと目のアンナが既に荷物をまとめて待っていたことに気付いた葉は急いで軽い鞄を手にとり、彼女と昇降口へと向かった。



ほんの数時間と経たないうちに葉の左右の腕がプルプルと奮えだした。
たしかに荷物持ちよろしく、とは言われたがいったい何を買っているのかっていうか日々の節約っていったいなんなんよと文句のひとつも言いたくなるような量の荷物が腕に下がっている。

「ア……アンナ、まだ買うもんがあるんか…!?」
「なによ、文句でも?」

キッと睨んだ彼女に葉は首をブンブンと横に振った。

「あとここだけだから」

そう言ってアンナが向かったのは携帯電話ショップで、「ちゃんと木乃にもお義母さんにも許可はもらったわ」と耳打ちした。
彼女が手続きを済ませている間、葉は店内を見回す。カラーバリエーションはもとより、機能の多さに驚いた。

「葉、帰るわよ」

手当たり次第に触っていたうちにアンナが葉の横に戻っていた。

「もう終わったんか?」
「えぇ、店に在庫があるもので良かったし、電話なんて喋れたら充分でしょ」

その言い草で本当にそれ欲しかったんか!?と胸に抱いたツッコミはすんでのところで飲み込んだ。
バスを降りてからも夕日を背に説明書を読み耽るアンナに歩道側を歩かせながらぼちぼち帰っているとアンナが突然、葉の制服の裾を引っ張った。

「葉、携帯出して」
「なんでいm」
「出せ」
「うぃ」

鞄からがさごそやっとのことで取り出したそれをアンナは慣れない手つきで操作した。
葉に戻されたときには画面にそれまで表示されていなかったはずのアイコンが表示されている。

「あたしのアドレス送るから」

言うや否や、葉のそれがピロリンと音を鳴らした。

「え、今何やったんよ!?」

ふ、と店内でダラーと読んでみた冊子を思い出す。

「あたし以外が最初とか、許さないから」

アンナの色白い肌が赤く染まる。
どうしようもない衝動に駆られてしばらく頬を染めて震えていた葉に今更隠すように背を向けたアンナは、彼をおいてすたすたと歩き出した。
(ああ、あの機能なんて言うんだったっけ!)

少しすると買ったばかりの携帯にメールが届いた。



『 すきだ 』



かぁ、と再び沸騰した頬を感じながらも後ろを振り返り「バカ」と言おうとしたら走って追い付いた葉に思い切り抱き着かれた。

「葉!ハウス!!」





君と僕を結ぶ色
赤い糸とかいうやつ?





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