ハオ→葉←たまお

見上げると限られた天然の天井、そして昼夜問わず爛々と輝く偉大な聖霊が目を凝らすと一定の方向に向かって自身を取り巻くように動いている。 体内時計が狂った今、時間の感覚は時計しか教えてくれないし、もはやそれが正しいのかさえ分からなかった。
それが正しいのなら、今は深夜、少なくともそんなパッチ族の村に辿り着き、自分のまわりにいる心許せる人達は寝静まっているような時間だ。
両手では数え上げ切れないほど目の寝返りをうつ。 目が冴え、眠気がまったく降りて来ない。 持ち霊である二匹の動物精霊は自分の尻尾に、相手のおむつに頭を預けるなどして寄り添って寝ていた。
起こさないように、と立ち上がり、用もないのにトイレにでも向かおうとした。 よっぽど陰になっていない限り、節電になる明るさを頼りに歩く、フ、と窓の外を見るとまるで聖霊に吸い寄せられる気がした。 引力を感じる。
気が付けば、いつものスニーカーを紐も解かず結び直さず、無理に足を押し込み、それでも音が発たないよう気を配りながら宿の扉の鍵を開け、誘われるがままに走り出した。

息が上がり、呼吸をする度に胸が上下運動する。 大きく鼻から外気を吸い込みゆっくり吐くと、呼吸だけは先ほどよりも落ち着いたが、心臓のビートを刻む速度は反して強烈に感じ、痛いと思う程だ。 心臓が押し出す血液の量の多さを感じる。 閉じていた瞼を開き、今はもう消えた引力の発信源だと思った聖霊を見詰めた。 初めてそれを目にしたときは強烈過ぎて意識を飛ばしてしまったが、今はもう、見るくらいなら慣れたものとなっている。

やはり時計は正しいのか、出歩いている人間は自分以外に見当たらない。 戻ろうかとも考えたが、気が乗らず、きょろり見回し発見した、建物の影に鎮座していたパッチ族の十祭師が高値で売り付けている空になったビール樽に座った。
ふう、息を少し吐くとひやり、首筋に冷たいモノが当たり、息が止まった。 これでもかと言う程目を丸くし、背中に緊張が走る。

「………女の子がこんな時間に一人歩き? 麻倉の教育もなってないなぁ」

首に当たるものは彼の異常なまでに冷えた指先だった。 しかし、先ほどまで露とも感じなかった気配が殺気というものでないにしてもそれが誰なのか分かるだけで余計安心など出来ない。

身動き出来ず、目線だけそちらに遣ると思った通りの人物、思いがけず睨む形になってしまい、それに気付くとさらに心臓が冷えた心地がした。

「そんなに怯えなくて良いよ、今日の僕は機嫌が良いんだ、ラッキーだったな」

そう言い終わるとす、と指が退いた。 咄嗟に自らの手で今まで触れられていた首が繋がっているか確かめる。 ゾ、とするほど自分の指も冷たかった。
早くこの場から消えたかったが、足がすくんでまた身動きが取れずにいる。 恐怖による奮えが目に見えないだけマシだと思った。

「グレードスピリッツ。全ての魂が生まれ還る場所。僕が実際目にするのは二度目だ。綺麗だと君も思わないかい、玉村たまお」

返事に窮する。 教えてもいない自分の名前を呼ばれたことに肝が冷える。
しかし、相手を考えると簡単に納得のいくことなのだ。

「あたしにはよく分かりません、ハオ……さ、ん」
「ハオ様って呼んで良いんだよ?」
「………遠慮します」

出来る限りの作り笑顔。 それも含めて彼女が面と向かって拒否をするのも珍しいことだった。

「僕と葉の関係は、やっと葉とアンナに教えたんだな麻倉は」
「…………そうです」
「そして君は盗み聞き? 見掛けによらずなかなかな根性だよね。 それも前科有り、か。」

気に入った、小さな声が聞こえたけれども、知らないフリをする。

「葉のコトがそんなに好きなんだね、報われないのに可哀相に」
「……ナメないで下さい、あたしだって修験者見習いなんです、貴方の見え透いた言魂になぞ、屈しません」
「………そうみたいだね、つまらないような面白いような」

じゃあもう少しおしゃべりに付き合ってよ、とハオはビール樽に背を預けて地べたに座り込んだ。 嫌がろうにも身体が言うことがきかず、なすがままってこういうことかと切々と感じる。

「君は施設から幹久に引き取られた子なんだっけ」
「……」
「ただ僕が読むだけもつまらないから応えてよね」

不穏な空気に戦き、緊張感で思わず手の平を握り締めた。 短く切り揃えた爪が食い込んで痛みを増長させている。

「養子ならなんで同じ苗字にしてあげなかったんだろうねー」
「その手には乗らないと言いました」
「………みたいだね」

ちろり、舌を出すハオが口にしたそれは、その昔たまお自身も疑問で仕方なかったことだ。

「……………葉様は、学校が楽しい場所ではなかったみたいでした」

ぽつり、呟いた言葉は自分でも思っていた以上に響いていた。

「それは、地元では知らない人がいないほど広まった 麻倉 の名が、……嫌われていた、というか」
「で、そういう外聞から守られた、と?」

興味ない、と顔面に貼り付けつまらない話に頬杖をついてたまおが拙く話した続きを綴る。

「………まぁ、小さい頃はなんでって思ったりもしていましたが」
「今もまだ十分ちっちぇって」

そう言ってからりと笑ったハオを見たたまおは一瞬呼吸を忘れた。
麻倉葉王は麻倉の止めるべき祖先だとは知っていた、先程彼女が知ったのは敬愛して止まない彼に双子の兄がいた、ということ。
似ている、そう思った彼を麻倉の一員として倒す、止めなければならない存在だと認識するには躊躇いが先行している。

「おまえ達は僕の邪魔をするんだろうけど、いずれ葉は僕のものになる、覚悟しておけと葉明たちにも言っておいてね」
「………葉様がアメリカに渡るときに起こったこともおっしゃっていましたけれど、ハオさんはどうしてそんなに葉様にこだわるのですか? しかもアンナ様にまで……」

たまおの頬が耳までぼぼぼと音をあげるように赤く染まった。色素が薄い肌が桃色に染まり、髪色と同化する。

「まぁ、アンナは予想外なこともあったけど……もしかしたら君にああやって詰め寄ったかもしれないよ?」

ハオの意図する言葉の意味はわかった訳ではなかったが、ダイレクトでわかりやすい破廉恥とも取れる言葉に反応してさらに顔がほてった。

「葉は、もっと強くなってから僕の力となってもらう。あいつの元は僕だからね」
「貴方と葉様は双子であり、別個の存在です、葉様はあたし達を裏切りません」
「そうやって信じる奴らが裏切られたときに見せる顔も好きなんだよね」

顔を合わすのをやめて立ち上がり、臀部についた砂埃を手で払うハオはもうたまおと話す気がなくなったのか、長い欠伸をひとつした。
その姿はどうしても想い人を連想させるのに。

「なんと言われても、僕はいずれ葉を手に入れる」

振り向いてそう言ったのち、ゆっくりとたまおを指差した。

「君には到底、そんなこと出来ないだろうけど」

カッと頭に血が上るのと悲しみで胸が破裂しそうになるのとはほぼ同じで、肩を少しだけ震わせて樽の縁を握る強さが増した。
彼に勝負を挑むほどの実力もなければ、言い返すほどの度胸もない。
せめてもの返事としてけして彼から視線だけは反らさなかった。

ハオはまた、先に見せたような笑みを見せるとじゃあね、と手を振った。
たまおの横を通って来た道を歩いて戻る。いくらほとんどの人が寝ているだろう時間でも、敵だらけのこの地をゆっくりとした足取りで。

「あたしは、葉様が嫌だと思うことは絶対にさせません!」

足音の主に向かって精一杯の声を張り上げる。
その音が聞こえなくなってやっと張り詰めた空気から解放された。
浅くなっていた呼吸を深いものに変え、少しずつ落ち着きを取り戻す。

グレートスピリッツは相変わらず煌々とする光を放っていた。

手に入れるとか、そういう物理的な方法じゃなくてもいくらだって親愛を示すことは出来る筈だ、今はまだどういったことでなのかわからないけれど。
輝く光に、強さが欲しいと願った。

動けなかった身体ももう自由がきく。早く宿に戻ろうとして、一度だけ後ろを振り返った。



明日も貴方は其処にいる
諦めが悪いのは貴方も、あたしも






弍萬打フリリク
雛乃葱子さま:葉様大好きなハオとたまおが喋る話
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