ぷう、と膨れた自分と似た顔を持つ男が目に映った。起きた瞬間。体勢はこのなんとなく感じる圧力から察するに、布団ごと自分に馬乗りになっていやがる。
寝起きの頭で働きの悪い脳を回転させ、やっと言葉が出る。
「邪魔」
一度ものを言ってしまえば、次々と次に言いたい言葉が浮かんで来た。
だけども先に相手が口を開いた。
「不満なんだけど」
何がだ。
怪訝そうな目を向けると兄はピシッと壁に向かって指をさした。
のろのろとそちらを見やるとカレンダーがあった。
「分かる?」
「……カレンダー?」
頭が重い。
もう一度、自分を組み敷いているハオを見ると微かに口許がひくついていた。
「…あぁ、昨日12日だったな」
「つまり?」
「誕生日?」
その通り、とハオは笑った。どう見ても怒りを含んでいたけれども。
面倒くさい奴だなぁ、と思って、とりあえず顔を見たくなかったから寝返りをうった。
「ちょっと、葉さん? お兄ちゃんに言うことないの?」
「…おめでとー…何歳?4桁だよな…」
寝かせて欲しい。
第一、暗くても時間だけは針と数字が蛍光塗料が塗ってあるから分かるのだが、夜中も良いところ。
何なんだ、この男。夜行性動物か。
「…かなり冷たくない?」
「いつも通りだろ?」
寝たい。
だけど、この邪魔者は退く気が無いどころか、葉をガン見している。
視線をこれだけ浴びて寝るなんて、いくら普段ユルい葉にでも出来る芸当を超えている。特に相手がコレでは。
「だいたい、オイラ昨日…てゆか今日?みんなが集まってそれはそれは盛大だったからな、お疲れ気味なんよ」
分かったら退くタマでは無い、さあ、次はどう斬り捨てようか、と葉は思案したが、予想外に相手はおとなしく組み敷いていた手をどけた。
一気に視界が広くなる。
おぉ、こいつも少しは成長したんか、と驚いた。
しかし、あいも変わらず、足はどけない。
ハオは眉尻を下げて腕を組んだ。
「それで満足なの?」
は?と思わず葉は眉をしかめた。
「僕は、仲間にしてもらったけど、どうしてもそれだけじゃ嫌だった」
目が、真摯に葉を見つめる。
はぐらかしたり、冗談言ったり、人を怒らせることくらいにしか才が無いのかと思ってしまうあのハオが。
珍しい、と葉は仕方なく上半身を起こした。
「葉に、言ってもらってないから」
本当に珍しく素直だ、気持ち悪い。
葉はハオの額にそっと手をあてた。
「…別に熱は無さそうだな」
ハオの額に青筋が浮いた。
「…人が珍しくさぁ…」
「誕生日、おめでとうハオ」
虚をつかれた、と言う目でハオは葉を見た。
葉は照れ臭そうに頭を掻いていた。
「オイラもさ誕生日だーって祝いたかったんよ? だけどどうも秘密裏にみんなが集まって祝ってくれて、遅くなったから、ハオんとこ行けなかったんよ」
と、言うより行くのが面倒くさかったのだが。
「…嘘臭」
ハオに言われればお終いだ。
面倒、と思ったことがバレたんかな、やっぱ、と肩を落とした。
「…まぁ、いいや、今日は勘弁してやるよ」
ハオはそう言って、立ち上がって足を退かして、葉の布団の横に座った。
「返答次第で襲う気だったけど」
「…そうだったんか…」
グッジョブ、自分。GJ。
「葉」
「んあ?」
「23年と十月十日前、僕から分裂してありがとう」
「…新手の祝い方だな」
反応に困る。
は、とハオはそんな葉を笑った。
「じゃ、そろそろお暇しますかね」
「帰るん?」
「そ。可愛い弟の安眠妨害しちゃ悪いし」
その心配、するなら端からしておけ、と内心突っ込んだ。
「ハオ、お前もう泊まってけよ」
「遠慮しとくよ、“みんな”来てたんだろ? 元民宿でももう寝具の在庫ないだろ」
「特等席、空いてるぞ、兄ちゃん」
葉はやんわりと笑って、横にずれて、布団の空いたスペースを叩いた。
「…それは予想外だ」
「そうか? たまには良いんじゃねーかな、兄弟だし」
くつくつとハオが喉で笑った。
「じゃ、お言葉に甘えますか」
布団に潜り込んだハオを見て、葉もやっと先ほどまでの眠気を取り戻した。
「あ、葉、誕生日プレゼント忘れてた」
「…いらんよ、オイラも無いし」
うつらうつら、としながら受け答えをしていたが、記憶にある会話はそれで終わりだった。
どうか、不幸な生い立ちに、おかしな解決策しか知らなかった兄に、今からは少しでも心安らかな時間を。
そして自分が少しでもその貢献に預かれば、と夢の中で葉はそう呟いた。