昔から決まっていたこととはいえ、人生に一度……とは限らないけれども、彼等にとってはその一度だけだろう日が日々一刻と迫っていた。
来るべき親類や客など、片手で余るくらいしかいないと自嘲しているくせに前準備やらで忙しいのだろうか、家中がバタバタとしていた。

「母さんただいま」
「あらハオ今頃帰って来たの!」
「いくら結婚式だとか言ったってさ、大掛かりすぎじゃないの?」
「良いのよ、葉とアンナちゃんのためだもの!さあ、ハオも手伝って!!」

ハオは家から出ていきたいという曖昧な理由で高校卒業したあと、海外留学していた。放任主義の親元、かなり自由すぎじゃないのというほどの奔放さで家に帰るのも結構久々だ。

しかし帰ってきてすぐの扱いの悪さにうげ、と感情をすぐに表情に出した。
靴紐を解いていると麻倉家の長い廊下に足音が響く、顔を上げるともうすぐ義妹になるアンナがいる。
相変わらずの仏頂面にハオは思わず破顔した。
眉間に皺を寄せられ、ハオはやばい、と手の平で顔を覆った。彼女の機嫌を損ねさせたときに受けたビンタはトラウマになっている。

「………あんた何だか臭いわ」
「…………………ねえ、久々に会った早々酷くない?」

玄関に腰を下ろしたハオがブーツを脱いでいると、アンナは自分の鼻をつまみながらハオに近付き、肩に指先を当てた。
その指には黄色い毛が挟まれている。

「ああ、下宿先で猫飼ってるんだ」
「どうりで臭うわけね」
「あれ、アンナ猫嫌いだったっけ?」
「好きでも嫌いでもないわ」

ふぅん、と気のない返事をすると、アンナは摘んでいた毛をハオの肩に戻し、酷い!!と大袈裟に叫ぶ彼に向かって馬鹿にするような笑みを浮かべた。
ハオの心臓が悲鳴をあげている。

そろり、ブーツを揃えた玄関を後にしてなるべく音を発てないよう静かに部屋に向かって歩きだした。あまりにバタバタ存在を誇張すると直ぐさま母や祖母から手伝いに駆り出されることは目に見えている。出来ることならのんびりしていたい。
肩に抱えたスポーツバックを早く自室の畳の上に落としたい。

がらり、襖を開けると、弟らしき人物がくかー、と寝息を発てていた。
顔にはご丁寧に週刊漫画雑誌が広がっていて顔自体は見えないが、おそらくその下には気持ち良さそうによだれでも垂らしているんだろう。
長時間寝てたのか、多少うったらしき寝返りのおかげで腕にしっかり出来た畳の跡が見えている。

何となくイラッとしたハオは襖を閉めて荷物の詰まったスポーツバックを葉の腹の上にボトッと落とし、葉はもちろん蛙が潰れたような声を上げた。
真っ青になりながら雑誌を避けた葉は案の定よだれをたらしながら何事かと丸くした目をきょろきょろとさせ、視線の先のハオが行き着いた。
嫌味ったらしい瞳は健在だった兄に葉はげんなりとした顔を見せた。

「や」
「………なんなんよ〜人の昼寝の最中に」
「こら、僕がなんのためにわざわざ遠路はるばるアメリカから帰って来たと思ってんの」
「知るわけないんよ、勝手に行ったのおまえじゃねーか」

飛んでいない眠気を嫌々振り払いながら葉は起き上がると頭を指の腹でぼりぼりと掻きむしった。
葉の横に腰を落として一息ついたハオを避けるために葉は左半身を捩った。不意にハオの視線が葉の左手に向かった。

口約束以上のものが形となって薬指に飾られていた。
華奢なのにひどくもったいつけているように感じる。
ハオの胸の内に過ぎる汚い罵りにも似た感情を無理矢理押し殺す、ぎりぎりと痛む心臓がどうにかなりそうだった。

ひょいと掴んだ葉の左手をしげしげと眺めるといかにも嫌がっている葉が手を引こうとするも、ハオはそれを越える力で許さなかった。


「はぁ〜、葉ってば兄ちゃんよりも早々と大人になっちゃって………兄ちゃん悲しいっ!!この不良っ!!」
「いや、どっちかっつーとおまえのが不良だから。急にアメリカ行くとかアホの極みだから」


よよよ、泣きまねをするハオに良い加減手を放せ、と不機嫌丸出しの葉が呆れた声を出した。

ハオの手に力が入る。
痛っ!と叫ぶ葉の声も右から左の耳へとすり抜けていった。


学生時代、色恋話は葉より遥かにハオのほうが多かった。
許婚だなんて現実味はなかったからアンナは葉にとって彼女以上のものだという認識が抜けていた。






あいつよりも僕の方がずっとずっと葉のことが好きなのに!!!!!






突然自覚した醜い感情が昔のハオを蝕んでいた。
男だとか血の繋がりとかそんなのどうでもいい、葉の1番側にいたい、馬鹿げた考えばかりが包む身体を彼のもとから遠ざけるのが最善と考えた行動もアホだと笑われる。
でもそのおかげで一皮剥けることが出来たならアホだとも限らないはずだ。



「ハオ!おまえ良い加減手ぇ放せ!!」
「いーや、葉に肝心なことまだ言ってもらってないもん」
「は?」
「ただいま」

にこり、笑うハオに葉はそういえば、と息を詰まらせた。

「……おかえり、ハオ」

望む言葉を聞いたハオは嬉しそうに笑う。
素直過ぎる反応にどう対処しようかと視線を外した葉に向かってハオの影が覆った。

唇に落とされたリップ音

固まった葉にニマー、とした笑みを浮かべたハオは「はい、よく言えました」とか言っている。
顔を真っ赤にした葉にハオは腹を抱えて笑い出した。

放った葉の左手がハオの頬を狙ったが軽々とかわした。

「ただのアメリカンスキンシップだよ」
「こちとら純日本人、おまえと違って唇ひとつ安くないんよーっ!!!?」
「そこをなんとか!」
「ふっざけんなっ!!」
「うちの猫なんか喜んでキスされるのに」
「オイラを犬猫扱いしてんじゃねえっ!!」

双子の格闘が始まった、他の部屋にまで響くそれにそれぞれ笑ったり呆れたりとしている。


これで良い。

ハオの心が煩い心臓を落ち着かせる。
葉と離れたことで、アンナとの繋がりもどこか傍観者のように見ることが出来た、唇のひとつくらいはご褒美くらいに思っていいだろう。






他にはもう、何もいらない



響く痛みは、少し大人になれたなによりの証だった



諦めた禁断愛の話
弐萬打/ハオ葉パラレル
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