たまおの話





昼休み、学校の仲が良い友人たちとお弁当を持ち合わせ、机を四つ組み合わせてテーブルを作り、いつものように昼ご飯が始まるはずだった。
校内放送の始まる短い音楽が鳴って生徒の呼び出しがかかったが、友人の誰もがそれに気にかけてなどいない、知っている名前にしか反応しようがないからおしゃべりに夢中になるのも無理ではない話ではあるが、たまおはアナウンスに聞き慣れた名前が含まれていたため、その中に加わることができない。
割と自由な校則しかない森羅学園で、彼女が慕っている葉は成績も中の中で素行だってそこまで悪いわけではないのに呼び出されるだなんて、ただ事ではない、と第六感が警鐘を鳴らしていた。
友人には少し席を外す、と言い残し、たまおも葉が呼び出された職員室前へと小走りで向かう。
そこにはすでに少し狼狽気味の葉がいた。

「葉様、どうなさったのですか?」
「………アンナが………」
「アンナ様が……!?」

今朝まで元気だったのに、とたまおの頭が冷ややかになったように感じた。

「麻倉、こっちに来なさい」

そう言われた葉は進路指導室に数人の教師と共に入って行った。

「ポンチ、コンチ」
『なんだよーたまお』

居ても立ってもいられず、持ち霊の二体を呼び出した。

「アンナ様はどこにいらっしゃるか、どうなさったのか教えて」

そう言うと二体は姿を消し、いつまでも特に用もない生徒が職員室前にいたら不自然だろうと思って、適当に歩き出した。
何故か嫌な予感がして息苦しく感じ、自然と足は階段を上へ上へと昇りたがっている。
屋上の扉は常に開いている、しかし陽射しが眩し過ぎるこの時期、あえて冷房が効いている教室から離れ熱い場所で昼食なんてする物好きもいない。
開放的な視界に気分をよくし、思い切り深呼吸をして扉を閉めた、開いた扉側にいたために陰になって気付かなかったがそこに見慣れた、捜していた彼女が壁に背を預けて座っていた。
幾分か顔色が悪いようだった。

「……アンナ様!?」
「……たまお?」

閉じていた瞼を無理に上げたアンナはたまおを見詰めた。たまおはすぐに彼女の真ん前を陣取って身を乗り出して座った。

「い、いったいどうなさったのですか、葉様は呼び出された原因はアンナ様にあるとおっしゃって……!」
「良いから落ち着きなさい」

わたわたと言いたいことを一気に喋ろうとして、アンナに止められた。疲れた表情を見せ、溜息をしながら邪魔そうに髪をかきあげた。

「……………やっちゃったのよ」
「………は?」

たまおがアンナの端的な言い方に素っ頓狂な声を上げた。それもそうかとアンナを僅かに持っていた恥じらいを捨てる。

「貧血で保健室に運ばれて、保健医に体調悪くなかったかとか聞かれて、ちょっと調べたら大問題よ」
「体調、悪かったのですか……!?」

全然気が付かなかった、とショックと罪悪感が胸を締め付けた。素直な彼女の反応を見てアンナが困ったように笑った。

「あんたが分かってたら逆に気持ち悪いわよ」
「え?」
「4ヶ月くらいね、キてないの」

一瞬何のことかと呆然としたが、彼女の言葉のパズルピースを繋ぎ合わせると急に閃いたように感づき、たまおの顔が真っ赤に染まった。

「そして陽性」

相手なんて、誰なのか充分すぎるくらいに見当がつく。

「お、めでとうござ、います?」
「……確かに手放しで喜べないのよねぇ……あいつもアタシもまだ学生だし」

そう、それだ、だから葉は呼び出されたんだ、と全てに納得が行く。

『よう、たまお!アンナ様は分かんねーけど、葉がなんで教師どもに説教喰らってんのか分かったぜ!』
『あいつも案外ヤるときはヤるんじゃねーの!!』

ダッハッハ、と下卑た笑いは彼らがどうしても捜し出せなかったというアンナからの一睨みで消え去り、今はビビり過ぎて顔は青くなり、ポンチの自慢ポイントは縮み上がっている。

「……へぇ……アンタらプライバシーって言葉知ってる?」
『あ、アンナ様!』
『いや、オレらは別に……』

へらへらと下手な笑いを繕っても無意味に終わり、それぞれの断末魔はいっそ憎らしい程の青空に溶けていった。
それを聞き付けたらしい小さな足音が屋上に続く階段を昇りきり、先程閉めた扉がまた開いた。

「あ、アンナさん、保健医の先生と担任が捜してたよ!勝手にいなくなったって……」

まん太からの報せを聞き、ツブした二匹に脇目も振らずにめんどくさいわね、と呟きながら彼に礼を言ってまん太がたった今来た道を下っていった。

「……たまおちゃん、大丈夫?」

まん太が優しい声音でたまおにそう尋ねた。
彼は、たまおの想いを理解してくれていると知っている。
麻倉家には跡取りが絶対必要で、許婚同士の間でのことだから、いつかは来る日だと充分過ぎるほど分かっていた。

少し上を向いたたまおが首を縦に振って肯定した。
まん太の小さな手がたまおの肩に触れた。
優しい体温がじんわりと伝わり、固まっていた心が溶けていく。


葉様が好き、大好き、
アンナ様も好き
二人とも好きなのに素直に喜べない

それは彼らとは違う意味で


目を閉じて俯いていたのに雫が制服のスカートを握る手の甲に落ちて水滴が浮かんだ。
その瞬間、自分の気持ちを自覚して、彼女は塞きを切ったように声を上げて泣き出した。

きっとショックを受けるのでは、と予期していたまん太も女の子の泣き出す姿なんて慣れていないし、あやす術だって知らない。
どうしよう、と迷った末に頭を撫でてやると、たまおが彼の制服に縋り付いて泣き続けた。

澄み切った青空に声が溶けていく。
鳥が一羽、飛んでいた。


さようなら、 
私の初恋

淡い夢をありがとう



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