体温変化に気付き、漸く目を覚ました。原因は酷く冷たい床に寝転がらされていたからに他はない。
妙に動きが取り難いと思っていたら、案の定、手首は布で縛られていた。
薄汚れた、暗い、無機質な部屋には似つかわしくないほど白い布だった。

上半身を起こすと、頭がズキズキと痛んだ。

「やあ、気が付いたのかい?」

後方の扉が開く音とほぼ同時にその声は発された。
繕っている笑みを浮かべる彼が、薄気味悪くて仕方がない。

葉は多少、引き腰ながらも彼…ハオを見つめた。
ハオが歩く度に、無機質な音が部屋中に反響した。

「…オイラをこんな所に連れて来て…何のつもりなんよ、ハオ。」

手首を突き出すようにハオへ向け、早くこれ(布)を取れ、と顎で促す。
しかし、当のハオはマントを脱ぐと、その葉の顎を掴み、そのまま品定めでもするかのように、見詰めた。

「んー、やっぱ合格ラインかな。」
「・・・は?」

何がだよ、と顔を顰めると、眉間に寄った皺を伸ばそうとでもしているのか、ハオは葉のそこをグリグリと押さえつけた。
一方の手に付けたグローブを歯で押さえて外しながら。
そのグローブを放り捨て、もう一方もそれに倣った。

「・・・何するつもりなんよ」
「当ててみな?」
「・・・取り込むには、きっと、まだ早ぇぞ。」

当の昔に、自分と、この目の前の男の関係は明らかにして貰った。
何故、自分を気に入っているような素振りを見せた理由も。
だから、何よりもタブーだと思ったのはそれだった。

「安心しな。それよりもっと簡単なコトだから。」

しかし、葉はそう言うハオに対して、安心など出来るはずがない。
第一、何故、縛られているかが分らない。
ハオの不審な行動もただただ、これから起こる‘何か’の前兆にしか見えない。

「‘人間’っていうのはさ、やっぱりどんな動物よりも性質が悪いモンだよね。」

ハオはベルトの金具を外し、そのまま引っ張り外しながら話した。

「本能のままに生きれた方がよっぽど楽だよ。でも、自称‘高等動物’だから、欲があってもそれは抑圧しなければいけない。」

ハオが一歩一歩、近寄って来るのが非常に怖かった。

思わず尻込みしてしまって、立ち上がれなかったので、足のみで後退し続けた。
壁がそれをくい止めるまで。

「・・・もっと分り易く言わねぇとオイラさっぱり分かんねえんだけど。」

ワザと相手のむかっ腹を立ててやるように言ったものの、如何せん、敵の方が二枚も三枚も上手であった。

「いくら‘高等’であっても、睡眠・摂取・排泄欲だけはないと、‘人間’失格なんだって。
そして、やっぱり僕も人間だからね・・・欲が湧いて来たわけだ。」

「・・・だから、何を望んでるんよ。」

逃げ切れなくなった葉の目前に座り込み、最早Gパン一枚だけのハオは彼の手首を布の上から掴み取って、目に凄みを掛けてその目的を述べた。

「お前には排泄用の‘便器’にでもなって貰おうかと思ってね。」

葉が意味を解するには少し時間がかかった。

「・・・つまり・・・」
「『気持イイ事』」

成程、確かに、肉体的年齢からはその欲が出てきても可笑しくはないだろうがしかし。


「・・・オイラ、男なんだけど・・・」
「なんだ、お前って奴は視野が狭いな、葉。・・・まあ、別に僕としては相手はどうでも良かったんだぜ?
・・・お前でも、アンナでも。」

葉が目を剥いて怒りを顕わにすると、ハオはその葉の唇を奪い取った。
欲が望むままに、いきなり長く、深く、

「安心しろよ。葉がこんな目に遭ってるって事は彼女は無事ってコトなんだぜ? 最も、逃げ出されでもしたら、結果は知らないけど。」

先の口付けで瞬時に体力を盗られた葉は簡単に「逃げる」気力さえもがないに等しくなった。
唯一、悔しさが見た目に滲み出ているのは、音は鳴らずも歯軋りしている事ぐらいのモノで。

ハオは少し悩んでいるのか、んー、と声を漏らした。

「・・・流石に、ハジメテで‘縛り’はキツイよなあ・・・」

葉に聞き取れた、微かなハオの独り言。
思わずげんなりしてしまうな、って方が難しい。
そう思うなら、とっととこの布を取ってくれ。

しかし、ハオは結局、まあいっか、と自己解決して、承諾も何もないまま、さくっと葉のズボンのチャックに手を掛けた。
他人にそんな事されるだなんて、考えた事もないだけに、反射的に体が硬直していた。

「ちょっと・・・葉。力みすぎ。」

知るか、と睨みつけるが、やはり効果はない。
誘ってるの?と聞き返されるというオチ付きだ。

「経験値は高いから大丈夫。怖くないよ。」

自分の緊急事態にも関わらず、葉は急に昔の記憶を手繰り寄せてしまった。
思い出した事などなかった、忘れていたはずの思い出。

ハオは葉のその思考を読んだらしく、多少驚いたように、目を見開いた。

「すごい、僕が飛ばしてあげた記憶が戻ってくるなんて、よっぽど今、葉ってば切羽詰ってるんだー」

だけれどその瞳には『面白い』以外の感情は何もないように思われた。

「そんだけ嫌がっている様なお堅い子ほどさ、メチャクチャにしてやりたいと思うんだよね。」



たしか、あれは数年前



パタパタと、最早、誰もいない校舎の廊下にスリッパの音が響いていた。
少年はキョロキョロと教室や特別教室の隅々、果てはゴミ箱、焼却炉までもを覗いている。

――学校にはないんかな

諦めがついたかと思うが否や、履いていたスリッパを職員室に返しに行く。
その際、若い、女の教育実習生に笑顔で話し掛けられた。

「どうしたの?もうとっくに下校時間は過ぎてるわよ?」

とっさに声が出なくなった。
ヒトに喋りかけられたのが久しかったからだろうか。

どうかした?

どうかしたも何も、今朝は靴箱に上履きがなく、探し回った結果、下足室側の傘立ての下に隠されてた上、散々罵られた落書き付きで発見されたのだ。
なんとか担任の先生に事情を説明して、スリッパを借りれたが、帰りのホームルームの際、その先生は少年の名を伏せて、「上靴が〜」と、とにかくそういう事はしないように、と、注意した。
その間、クラスメートの男子生徒数人が少年を見ながら、クスクスと嘲笑していた事を彼は気付いている。

さらにだ。

掃除当番の為に、只でさえ帰りが遅れるのに、黒板を消している間に、ランドセルが消えていた。

またか、と内心呆れたのも事実。

当の昔に、悲しくて泣いたこともあったが、今やもう慣れてしまっている。
しかし、朝の上履きはともかく、放課後まで、嫌々他人を巻き込んではいけない、と少年は思い、その実習生に力ない笑顔で首を横に振った。

彼女は微笑み、少年の頭を一撫でして「早く帰りなさい」と、彼の目的であったスリッパ返却までもついでにしてくれて、そのまま職員室に入っていった。

――今日は早く帰れたらいいなー

と、少年が校庭を抜けながら考えていると、窓に面した職員室の中の様子がよく見える。
さっきの実習生が2・3人の教師群に囲まれていた。
なんとなく、自分について何か吹き込んでいるんだろうな、と勘が働いた。

泣く事はなくなったけれども、悔しくて悲しくて、胸が締め付けられる事だけは、今も昔も将来も変わりないだろう。
鳴く練習を積んだ方が良いと思われるカラスが「アホー」とヘタクソな泣き声を挙げて夕方の紅い空を飛んでいた。

所詮は小学生のやる事だ。

祖父の修行なんかよりも捻くれた場所に隠してはいないだろう。

修行といえば、このロスした時間分、修行時間も半端無いものになってしまうなー、と思い、少年は短距離走スタート時の格好をした。
ならば、せめて、ランニング位は早めに終らしておこう、と考え。

「麻倉選手ー、ラインに立ちました。レディーゴゥッ!!」

やはり、家系的なものだろうか、第六感が妙に良い。
今まで隠されたものはほとんどそれで探し当てていた。
今回もそれに頼るつもりである。
だから、何となく、その日は近くの山へ向かって走って行った。

麓(ふもと)近くにある社に着いたところで、麻倉少年は奇妙なことに気が付いた。
よく人を嘲笑ってくる男子生徒のひとりがいつものように被っている帽子が落ちていた。

大変気に入っているらしく、毎日毎日被っている上、人が触っただけで怒ってくるような奴なのに、落として、そのままにする様な事があるのだろうか。

とにかく、葉にとってはソレは探し物の為のヒントとなっている事は否定出来ない。

やっぱり山のどこかにあるんだろうな、とその方向へ歩を進めた。

「・・・こら」

社から声がした。

能力があるので、別にビビった訳ではない。驚いたのはただ、社だというのに、神霊的な声ではなく、正しく、生身の人間のものだったからだ。
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