弐萬打フリリク/風邪っぴきハオを看病する夫婦
※普通に兄弟




腕を組んでいたアンナはリズムよく指先でビートを刻んでいた。増加していくのは歓声などではなくただの苛立ちである。
彼女は夏休みを利用して、育ててくれている青森の木乃から離れ、本州のほぼ端と端並の距離がある島根まで来ていた。
木乃の孫である葉とは許婚という間柄で、ちょっとした機会があれば親睦を深めさせようとする互いの保護者の狙いは見え見えであったが、そんなことは関係ない。アンナ自身はたしかに葉に惹かれていたのだから会いたくないはずがなかったのだ。
しかし、その貴重な時間を潰しにかかった実に不届きな輩がこの家に居る。

「……あ、たま痛い…」
「腹出すうえにクーラー弱い、暑いのは嫌いとか最悪すぎるだろ」

葉の双子の兄、ハオである。
もともと、この双子のどちらかが許婚になると言われていたが、幼いアンナの観察眼は非常に優れていたようで葉には運命すら感じ、それに対しこのハオにはすぐに胡散臭さを嗅ぎ付けて嫌悪をあらわにしている。
そして彼は今もこのように彼女たちの間を引きはがそうとしているのだ。解せない。

ハオの部屋の前で仁王立ちになるアンナの手には水が張った桶がある。
馬鹿しかひかないと言われる夏風邪をひいたAHOのために看病だなんて癪以外の何物でも無いが、肝心の葉が率先して看ているこの状況、利用しない手は無いのだ、背に腹は変えられない。

それにしても、だ。
襖を挟んで奥にいる兄弟の会話が妬ましい。
仲が良いアピールにしか聞こえない。奥歯を噛み締めたらギチリと音がした。

良い女アピールのために日本家屋特有の襖の開け方からマスターしていた。しかし、葉に訴えるために、のものであって回り回ればそうなるとしても直接的にはハオのためになると考えると釈然としない。
まず膝を床につけたくない。

拮抗する考えと聞こえて来る会話の不協和音は不快感だけを積み重ねていった。

「お」
「 」

思考の渦に入り込んでいたら不意に襖が開けられ、姿を現した葉と目が合った。
驚いて目を丸くすれば、葉は足元に視線を落とし桶を見付ける。

「ちょうど新しいの欲しかったんよ、持って来てくれたんか?」
「そ、そうよ」
「そっか、ありがとな」

葉の目尻が下がる笑い顔にアンナの胸が高鳴った。

「あいつの為なんかじゃないから!それより葉、病人とずっと同じ場所にいちゃ移るわ、少し休んだら?代わりは(あまりやる気はないけど)アタシもたまおもいるのよ?」
「んー…でもオイラはアンナたちにあいつの風邪が移るほうが嫌なんよ」

ゴボッと大袈裟な咳がハオの口から聞こえる。
多少の恨みを込めた睨みを送ったアンナは、桶を持ち上げ葉を押し退けついにハオの部屋へと入った。

「少しなら大丈夫でしょ、ほら、前の水捨ててきてよ、アタシが看とくから」

葉はわかった、と言うとその言葉に従って前の桶を持ち廊下へ出ていく。
それを見送ったアンナはふぅ、と一息つくと目付きの悪い視線を後方で布団の中に寝込むハオに遣った。

「……ホントに…アンナは僕と葉の扱いが…違う、よね」
「うるさい病原体。いろいろ飛ぶから口開かないで。出来ないってなら縫い付けるわよ」
「ひどいはなしだ」

額に乗せられていた水を含んだタオルは生暖かい温度に変わっていた。
テキパキとそのタオルを桶に浸して冷たい水気を切り額に乗せる。
軽口をたたく元気があるなら風邪のピークは過ぎたのだろう。
めくれている夏布団をかけ直して達成感からのため息を零した。

「あつい」
「我慢しなさいよ。ぶりかえしでもしたらあたしは赦さない」
「こわい」

身震いひとつしたハオはしばらく一言も発さなくなった。
熱にやられる前に喋ることで残った体力をすべて使いきったらしい。
なんとも迷惑な話である。

廊下を進む軽い足音がしてそちらを見ると、襖が開き、葉が顔を覗かせた。
おとなしくなったハオを確認するとアンナの隣に腰をおろす。
二人の目の前に横たわるハオから唸り声がたまに響いた。

「アンナ、あとはオイラに任せ」
「やだ」
「……やだって…」

アンナの即答に葉は苦笑を隠さない。
ハオが軽く咳込み、それが静まると次は葉の長い溜め息が宙に吐き出された。

「………こいつの風邪、アンナに移したくないんよ」

少しむくれた声音にアンナの鼓動が一瞬早くなる。耳が、熱い。

「あたしだって、葉が風邪ひいたら」
「ひかんよ」

穏やかな声音に柔らかな笑顔、何度でもアンナは自身の葉に対しての好意を実感してしまう。
握りしめていた手に彼女よりも少し大きくて固い、でも温かい葉の掌が重ねられた。

「こいつの風邪、治ったら遊びに行こうな」

魅力的にも聞こえる誘いはしかし、アンナの気持ちを萎ませ、胸の奥が痛むのを感じさせる。
握った拳から力が抜け、指の間にできた隙間から葉の指が絡まり、優しく握られた。

「……アンナさえよかったら、さ、二人でも」

照れ隠しなのか、葉は空いている手で頬を掻いていた。
コクコクコク、アンナが頭を縦に振る。
それを見た葉が嬉しそうに歯を見せて笑っていた。
胸の奥が痛むのを感じる。今度は別な意味で。
葉の一言一言で気持ちを上下に揺さ振られることは分かっていた、そしてまた彼に嵌まっていく自分自身も。

「やくそく、よ」

そんなに焦らさないで



ハオが寝返りをうち、二人には背中側が向けられた。

「………吐きそう」
(いちゃつくなら外でやれ!)





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遅くなって申し訳ありません、弐萬打フリリクのときにリクエスト戴いた風邪っぴきハオ様を看病する夫婦です
風邪ひいても看病らしき看病、されたこともしたことも記憶に無いので、結局イメージ先行で書いてしまいました
ご満足いただけたら幸いです
リクエストありがとうございました!
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