伍萬打フリリク企画 /浅葱まちろ様へ!

※恐山終了後の話



雪が溶けはじめ、春が近付いていた。積もり積もった雪をスコップで掻き分けたアンナは赤く染まった鼻先をすん、と鳴らし、自らの仕事の出来栄えに小さく胸を張る。
今日も誰も泊まってなどいない寂れた安井旅館が公道と繋がった。

「終わったかい」
「木乃」

旅館の扉を開けて出てきた木乃を振り返り見て、手にしていたスコップを横に積もる雪山に刺し、一応ね、とこたえた。
サングラスの下、見えない目で木乃はアンナのほうを見つめる。
彼女を育てた10数年、頑なに心を鎖していた娘が、たかが数ヶ月前の孫と猫の来訪以来明るいそぶりが増えていく様を目の当たりにし、そのことが嬉しいやら何やら淋しいのやら、複雑な気持ちをごまかすように、ハンッ、と自嘲気味に笑った。
以前ならそんな木乃に嫌な顔でもしただろう少女はキョトンとした表情になっている雰囲気がした。
霊視の力が弱まっているのだ。

「ご苦労だったね、寒いだろう、早くおあがり。ストーブの上で餅が焼けてるだろうよ」
「わかったわ」

木乃の横を通り過ぎる際、小さな声でありがとう、と言ったのが聞こえた。
それもこれも悔しいことに、十何年の自分よりも数日の孫のおかげだろう。
杖を握りしめながらカッカッカ、と笑う。この笑い声が聞こえた少女はさぞかし赤くなっていることだろう。
胸に温めている袋に手の平を当てる。
人間らしくなってきた彼女に、締めるところは締める木乃からの遅いお年玉のつもりだ。

宿の中に戻り、リビングのこたつに潜り込むアンナにそれを差し出した。

「島根の出雲だよ、あいつがいるのは」

いつもお使いのときに現金が入っている袋と同じものを受け取った、いつもより重さは無く、うっすら厚い。

「会いに、いっておいで」

ニッ、と片方の口端を上げて笑みを浮かべる木乃を見つめるアンナの瞳が、熱を帯びた。

* * *

「アンナちゃん!」

単身、青森から出雲へ出て来たアンナの迎えに来たのは葉の母・茎子だった。
車の横で少し飛び跳ねながら手を大きく振る、黒く長い髪を垂らした彼女の姿は人が少ない駅でよく目立つ。
初めての対面だったが、その顔には見覚えがあった。葉の記憶、心の中にいる彼女よりも穏やかな印象を受けた。

「まあまあまあ、いらっしゃい!ワンピースで来たの?寒くない?」
「大丈夫、です」

葉と最後に会ったときと同じ黒いミニ丈ワンピースに上着を羽織っただけの格好は、木乃にも風邪を引くと引き止められかけたものだ。
特別寒いとは感じない彼女に若いわねぇ〜と感嘆を漏らしながら、茎子は駅前に停めていた軽自動車の助手席の扉を開ける。
ぺこ、と一度頭を下げて車に入ったアンナを彼女はウフフ、と笑って見て扉を閉めた。

車を飛ばしながら進路は一路、より人気が無い方向へ向かっていた。
麻倉家というものの大きさを少しずつ感じ、緊張感が増すアンナを解そうと茎子は話し掛ける。

「今、葉は家にいないけど、夕方には帰ってくると思うわ」
「そう、ですか」
「無理に畏まらなくていいわよ、アンナちゃんはもう私の娘なんだから」

ふ、と首を右向きに動かし、にこにこと微笑む茎子の横顔を見詰めたアンナはしばらくしてコクリと頷いた。

「……修行?」
「そうなの。あの子、アンナちゃんに会う前に比べてやる気出したみたいでお父さん、あ、葉のおじいちゃんね。にがっつり扱かれ始めたのよ」

ふぅん、と興味のなさそうな声を出し、アンナは車のフロントミラーにぶら下がり、振動に合わせてゆらゆら揺れているキーホルダーを見る。
青森にしか売っていない体の地方限定もののネコのキャラクターは、たしか葉が買おうと考えていたものだ。

「やる気が無い奴に修行しても意味がないってぼやいていたお父さんがやけに張り切っちゃって、おかげでお肌もつるつるぴかぴかなのよ!主に頭の」

ぶっ、とアンナが顔を真っ赤にしながら吹き出す。
葉の心に描かれていた祖父の顔を思い出したからだ。

「あらやだ、私がこんなこと言ったの、お父さんには黙っておいてね」

頻りに口を押さえながら何度も頷く。
会話を交えながらの道はあっという間だった。

これが葉の実家、と車から降りたアンナは現物を見て内心、麻倉とやらの大きさを目の当たりにして驚き呆れて口から感想など出てこなかった。

「あ、あの!!」

自分より少し年下と思われる少女に話し掛けられる。
他人と接する回数が少なかったアンナはびっくりしながら彼女を見ると、手にしていた少ない荷物を取り上げられた。

「いいいいいいらっしゃいませっ!!」

顔を真っ赤にしながらぴゃっ、と言い捨て逃げていった少女に茎子がアラアラ、と目を丸くさせた。

「あの娘は葉のお父さんの弟子で、たまおっていうんだけど珍しいわね、あの娘が初対面の子に声をかけるなんて。本当に恥ずかしがり屋なのよ」

たまおの顔に見覚えがある、葉の中にいた彼女は彼に向けて熱い眼差しを向けていて、それが何を意味しているかも知っている。
そして彼女がアンナの次点で葉の許嫁候補であったことも。

胸の奥底から何かがふつふつと沸き立った。

「あの、」

声をかけてしまってから茎子を見て、今自分は何がしたいのかと目を逸らして瞬く間に黙考する。
早く、会いたい

「葉の修行っていうのが気になるんだけど、見に行っても良いかしら」

ええ、もちろんよと肯定の返事が聞こえた瞬間、アンナは走り出した。



麻倉の家からさらに山深く、季節に見合ったほの暗い緑を抜けた先に滝行に最適そうな水場があった。
息を切らして肩で呼吸をしてそちらを見るとまさにその脇にある岩の上で瞑想している葉がいる。
自然と一体化する集中力を養っているのだと真面目な様に、上着を着ていない剥き出しの上半身に、腹部にある傷痕があることにやらと胸が締め付けられた。

そ、と気付かれないよう邪魔にならないように彼に近付く―――――そして気付いた、くぅ、くぅ、と微かな寝息を立てていることに。

イラッとしたアンナはそのまま葉を有りったけの力を込めて滝壺に突き落とした。

「あがっ!?さむっ!しぬっ!!!」
「ぬぁにが修行中よ!この馬鹿!」
「あ、アンナあぁぁっ!?なんで此処に…!」
「あんたアタシが来るっていうことすら知らなかったわけっ!?」

水底に足を付け葉が両手で両腕をこすりながら身体を温め突然の出来事に目を白黒させながら大声を出した。たかがその程度ですでに半泣きだった。

「いや、来るって聞いてたけどよくこの場所がっていう意味であって」
「そんなの、ここらの浮遊霊に聞けば一発よ!」

そそくさと水から上がった葉は近くに置いていたタオルで水気を吸い拭い取る。
アンナの言葉に少し目を見開いていた。
ほんの少し前は無意識に鬼を寄せ付けていた彼女が意識的に他の霊とコミュニケーションをとれるくらいの社交性が創られていたことに。ちなみにその手段がなかなか強行であることはこのときの葉には知り得ないものだった。

そうか、と言いながら寒さに負けて上着を纏った葉が後生大事そうに熊の爪の首飾りを下げる。

先程まで葉が座って寝ていた岩から降りようとしているアンナを見た葉は岩に少し手をつきながらへっぴり腰で危なっかしげな様子の彼女に手を差し出した。

「要らないわよ」

ぺし、とその手を払った矢先にずるり、と足が滑ったアンナを支えようとしたのか咄嗟に葉は足を踏み出した。しかし間に合わず身体を呈して正面から抱き留め、二人分の体重を受け尻が大ダメージを喰らうこととなる。
大きめの石だらけの砂利とも言えない砂利はものすごく凶器だった。
すぐにアンナは葉の上から退いたが、葉は身を翻し、手足を地面につけて動けずにいる。

「尻の皮、剥けたかも……」
「平気?」
「多、多分……」

暫く経ってようやく生まれたての小鹿のようにプルプルと立ち上がった葉は山中走り込みを敢行すると言ってその場にアンナを残して走り去った。
葉の顔が少し赤くなっていたことが妙に気恥ずかしく思ったアンナは自分の頬を押さえてその熱を確かめる、自分も似たり寄ったりのようだ。

その後、その辺にいた浮遊霊を取っ捕まえ、葉の走り込みコースを聞き出したアンナはコース内で待ち伏せをする。
同じ場所にずっといたのだが、やはりというか所々手抜きをしだす葉を怒鳴って無理矢理しょっぴいてる感が否めなかった。そして、この修行の付き添いがなかなか快感だったこともまた否めない。

気が付けば太陽はかなり西に傾いていて、辺りが橙に染まっていた。

「いい加減帰るか」

そう言って歩きはじめる葉の一歩後ろを着いて歩く。
アンナは葉の歩く旅にぶらぶらと揺れる腕を見る。

もったいないこと、したな、と少し残念な気持ちになりながら、どちらかと言えば役得だったかも、と複雑な気持ちが胸を占めていたらいつの間にか森のような木々の生い茂から抜けていた。

もう少し行けば葉の家に着くな、と考えるとふっとたまおの顔を思い出した。
あの娘のほうがアンナよりも長い時間、葉と一緒にいたんだと考えると胸の奥底で何かがちりちりとする。

悔しいのやら何なのか、揺れる手に手を伸ばした。

縦長の影が出来ている。

自分から手を伸ばして、掴もうとしていたのだと自覚したし、葉も下を見ていた。頭がカッと白くなり、動きが止まってしまう。

「やば、太陽あそこまで沈んでる、あの感じだとすぐにでも日没になるんよ」

そう舌をまくし立てた葉はそのままアンナの手を掴んだ。

そのまま顔をアンナに見せることはなかったけれど耳が赤い。きっと背中から受ける西日のせいだ。
アンナの耳も熱を持ってる。これも西日のせいだ、きっとそうだ。



そう自分に言い聞かせたアンナが葉の手を払うことは無かった。

その恋、火傷にご用心


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5万打フリリクで浅葱まちろ様より葉アンとのリクエストを頂いたので、恐山終了後のアンナが葉の家に行ってみた話にしてみました。初めての恋で初めての嫉妬とかいろんな初めてがいっぱいの旅の触りの話です。
素直になれないアンナがたまに見せるデレが大好きです
リクエストありがとうございました!

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