2023 08 06



砂漠の夜は昼と打って変わる。人肌が感じる寒暖差は激しいが、柱の一神であるセトにはさしたる問題ではない。
しかし、一度、神から半神に堕とされた際に極限まで人間と変わらない身となっていた経験から、白い外套を肩に掛けた。
開放的な窓辺に腰をかけ、外を眺める。
砂漠の砂が風に踊り、より低い地点へ流されている。晴れた日の月はラーの輝きでより明るさを持ち、その様を見ろと言わんばかりに光景を浮かび上がらせた。
神としての自認のはじまりは砂漠であった。太陽の陽を浴びれば熱し、暮れれば温度も急激に下がる。そして風が吹けば争うこともできずにそのまま舞ってしまう。ようよう見れば自分自身が浮き彫りになるようで、自嘲と半ば呆れた声が出ていた。

セトは贖罪の旅が終わった後にラーの船に乗り、軍神としての役割を全うした。
地上に神として戻ることはない、航海の漕ぎ手および戦闘員として生きながらえるか、あるいは人々から忘れ去られ消滅するか、と考えながら日々の役目に従事していたが、どういった縁なのか地上にはまだ彼を神として必要としている人々がいる、という要請があり、あれよあれよという間に、航海の船から降ろされ、過去に住んでいた神殿の一画に部屋が設けられるようになっていた。
流されるままに生きている自覚はあるが、どうすることもできないので、いまでは現王である、甥のホルスに請われるまま補佐としての役割に興じている。
稀に、ホルスの母、自身の姉であるイシスやホルスの配偶者であるハトホルから険のある目付きでその様子を見られていることはあるが、知ったことではない。セト自身は叔父を叔父として慕う甥に優しく接しているだけだ。自身の経験がものをいうことも両手では足りないほどあるため彼女たちがそれ以上強く出ないことも知っている。

「いるんだろ、入れ」

部屋の入り口あたりに気配を察し、振り向くこともしないまま声をかける。
ゆっくりとした動きで、扉が開き、思考の中にいた例の甥が現れた。

「おじ様、夜分に失礼します」
「ん、お前がこの時間にわざわざ来るっていうことは急ぎだろう。まだ仕事していたのか」
「未熟なもので、最後にしようと思ったものがなかなか終わらす、気がつけばこの時間になっていまして…かといって持ち越すのも気分が悪く」
「は、真面目なこって。」

言葉はつっけんどんだが、振り返りざま、ホルスが持つパピルスに手を伸ばした。
ホルスも伸ばされた手に素直に書類を渡し、目を通し始めたセトの横に腰を落ち着ける。
近くに寄られることを違和感なく受け入れられるようになっていた。そこに至るまで長く、辛抱強く待ってきたつもりだ。

「…ここまで詰めていれば問題はないと思うが、お前は俺の何を求めている?」
「本当ですか?ありがとうございます、オレ自身は自分の考えだけでは自信がないのでおじ様の批評があると安心します」

素直に認められると嬉しい、という反応にセトの方が面食らう。含みがあるもの言いをする者が多いなか、裏がない反応ほど対応に困るものはない。
書類を返し、手持ち無沙汰となった手で乱雑に頭を掻いて続ける言葉をさがした。

「あー…ひよっこだと思ってたが、まぁ、お前も成神してるんだ」

握り拳をホルスの胸に押し付ける。
ドン、と勢いはあるが、体幹がよいホルスがよろけるはずもなく、柔らかな筋肉に沈んだ。

「お前が考えろ。オレは良い方向に運ぶようにサポートする。これからもな」

口走った矢先、恥ずかしさが立ち、誤魔化すように沈めた拳から人差し指を胸から頸、顎までツツと摩り、たどり着いた顎先でくい、と上を向かせた。

「わかったか、ホルス」

セトよりも憎らしいことに背が高いため、下から見上げることになるが、その結果、深々と被っている隼を模した冠からホルスの眼が覗いた。
返事を言葉として返す前に、ホルスが飲み込んだ唾が喉を通過するのを見やる。
何が琴線に触れるのか本人には分からないが、砂は風を受けて動いてしまう性質なのだ。
意のままに流されよう。
座っていた窓辺に膝をつき、ホルスよりも高い視線を得たあと、返事をするために少しあいていた口元へ自身の唇を重ねた。

驚いたのも束の間、ホルスの厚い舌が割り入れられ、呼吸が乱れるほどの応酬をする。
こうなったときには、身体は熱くほてっていく。
これから邪魔になるだろう外套はセト自身で外し落とした。

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