オマケ:大和田視点




大和田紋土は屋上への階段を登っていた。ポケットに突っ込まれたその右手には呼び出しの手紙が握られている。ハートのシールが付いた、一見ラブレターのような呼び出し文であった。誰が書いたかは不明。ただ、文字は可愛らしく、大和田の目には少なくとも男が書いたようには見えない。しかし、それを真に受けてはしゃぐ大和田ではなかった。こんなことは何回も経験している。そのほとんどが愛の告白なんかでは無く、平たく、喧嘩への招待状だった。今回もそうだろうと思いつつ、それでもなんとなく浮き足立つ自分に舌打ち、大和田は乱暴な仕草で屋上への扉に手を掛けた。そして、屋上にいる人物を目にして、心臓が大きく跳ねた。


「な…、名字!?テメェ、何でこんなとこにいやがる!!」
「ごご、ごめんなさい!!その…急に、呼び出したりなんかして、迷惑…だったよね。やっぱり」
「いや、別に、そんなことは、ねぇ、が」
「本当?よかった。いきなり呼び出したりなんかしたから、怒ってるのかと思った」


名字は少し安心した様子で胸を撫で下ろした。口調からして、名字がこの手紙を書いたことは間違いなさそうだった。鼓動が早くなる。思わず、ポケットの中の手紙を握り潰した。


微妙な距離感を保ちつつベンチへ座ると、大和田は明後日の方向に視線をやった。心臓がバクバクうるさい。握る掌にはじっとりと汗が滲んでいる。
───入学式で見て以来、大和田は密かに名字に淡い恋心を抱いていた。所謂、一目惚れであった。しかしその実、話したことは数回しかなく、同じクラスにも関わらず、二人には接点など全く無かったのである。そんな名字と話せる機会を、怒鳴り癖で棒に振るのは勘弁したい。大和田は平常心平常心、と心の中で唱えながらゆっくりと口を開いた。


「で、何だよ…。話ってのは」
「は、はい!大和田くん、その…、今回、呼び出したのは…、い、言いたいことがありまして、」
「おう」
「その…、長くなるかもしれないけど…、」
「全部聞く、話せよ」
「はぁ…。ありがとう」

名字はどこか熱っぽい溜息を吐き出し、それから、どこかヤケクソ気味に切り出した。


「わ、私、その、大和田くんのこと、ずっと見てたの!」


それを聞いて大和田はバッと振り返った。そこで見た名字の頬は驚くほど赤く、目は潤み、いっぱいいっぱいという様子で膝元に載せた手を見つめている。大和田の心臓がまた大きく高鳴った。いや、待て待て待て、このパターンで始まった、実は男でしたという告白をオレは知ってる。拳をギリギリ握り締めて、耐える。その表情は鬼のように恐ろしかったが、そのことは名字も大和田も気付いていない。


「いや、見てたって言っても、ストーカーとか、そういうんじゃなくてね!初めは、大和田くんのこと怖いって思ってて、でも、大和田くん、意外といい人で、笑顔が可愛い?いや、そうじゃなくて!…それで、私、大和田くんと仲良くなりたい。大和田くんのことが、もっと知りたいと思う。だから…、大和田くん、私と───、」


独白めいた言葉を呟くと、名字が不意に大和田に顔を向けた。その頬は、やはり林檎のように赤い。ただ、その大和田を見つめる瞳があまりにも真っ直ぐで、大和田は魔法をかけられたように動けなくなる。まるで屋上から切り離されたように二人の間に流れる空気は静かだ。強く脈打つ心臓の音がやけに響いて聞こえる。


「だから…、大和田くん、私と、」


その口からとうとう決定的な一言が─────


「───私と、お友達になってくださいっ!!!」


大和田の動きが、完全に停止した。
様々な感情が脳裏を駆け巡り、結局何も考えられなくて名字を凝視する。名字は煙が出そうに真っ赤になって、それでも、どこか言い切ったことによる安心感を漂わせている。大和田は、すとんと落ちるように理解した。ああ…、ホントにコイツは、本当に、オレと友達になりたかっただけなんだな、と。
二人を奇妙な沈黙が包む。それは、突然の高笑いによって引き裂かれた。


「うぷぷぷぷ…、だーっはっはっはっはーッ!!!!よかったわね大和田ァ!!!こんな可愛い子に友達になってくれなんて言われて!!ギャハハハッ!!!あーっはっはっはーッ!!!!」


心底楽しくてたまらないという笑い声が屋上中に響く。大和田はバッと顔を上げ、鋭い目つきで屋上を見渡す。その人物は給水タンクの影からもったいぶるような仕草で現れた。彼女の名前は───、



「え、江ノ島ァァァアアアア!!!!テメェか!!テメェの仕業かァァアアア!!!!!」
「仲良くなりたいって言ったのは名前の意志だよぉ!!!私はそれに、ちょっとアドバイスをし・た・だ・け!だよね!名前っ!!」
「ま、まあ、うん。そうだけど…、盾子ちゃんいつからいたの!?」
「最初から」
「さ、さすがの私も怒るよ!!?」
「悪ィ。名前のことが心配でな…。怒るのも無理ねェよ。今度アイスでも奢るぜ。大和田の金で」
「殺す!!!テメェは殺す!!!!ボッコボコに捻り潰して、屋上から蹴り飛ばしてやるッッ!!!!!」
「あら、大和田くん、女性には手を出さない主義じゃありませんでしたか?…名前さんも見てますよ?」
「ぐっ!!く、クソがあ…ッ!!」
「っていうかさぁ、アタシのコトはいいのよ!アタシのことはさ!!アタシもいろいろ考えて、結局ずっと隠れてるつもり…、ではなかったけど、二人がいつまでもイジイジしてるから出てきちゃったわけじゃん?ほら、大和田ぁ、返事しなくていいのぉ?名前、待ってるよ?」
「あ゛!!??」


ギッ、と睨みつけるように見つめると、確かに名字が不安げな目で大和田を見つめていた。それは大和田が喧嘩を始めてしまうんじゃないかという不安だったが、大和田には告白の返事を健気に待つ少女の顔に見えた。ぐ、と声が詰まる。結論は、もう決まっていた。大和田の頭に、若干冷静さと、照れが蘇る。だが、それも一瞬のこと。全てが緊張で塗り替えられ、頭が真っ白になる。カッと頭に血が上り、気が付くと大和田は名字に向かって怒鳴っていた。


「友達でもなんでも、なってやるってんだよクソがッッッ!!!!!」


名字は、目を大きく見開き、一度まばたきをする。それから、笑った。


「ありがとう!これからよろしくね!!大和田くんっ!!」


名字の、初めて自分に向けられた、弾けるような笑顔に大和田は一瞬固まり、それから物凄い勢いで顔を背けた。耳が、顔が熱い。江ノ島が大爆笑しているのが分かる。それに舌打ちするが、顔の熱は一向に引きそうにない。
名字とは、とてもいい友人にはなれそうもないと、大和田は思った。




モドル

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