初めは、ひたすら怖かった。 その肩書きから、見た目から、行動一つからビクビクして。だけどそのうち、彼の肩書きからの怖さは薄れ、意外に情に厚いとか、女子供には手をあげないとか、最初は見るたび物騒だと思っていた髪型も、いつしか教室の風景に馴染んでいった。そして、石丸くんや不二咲ちゃんと仲良くなって、笑顔の彼を見ているうちに、私に一つの思いが芽生えたのだ。 大和田くんと仲良くなりたい!! 「ほほう…、それでアタシに白羽の矢が立ったってわけか…」 盾子ちゃんは私の部屋に付属していた勉強机の赤い椅子の上にあぐらをかき、腕を組んでいる。じっとりと見つめられ、私はなんとも言えず笑った。 「…ふぅん。まあ、私は別に協力してやっても構いませんよ?」 「ほ、ホント!?」 「なんでそんな心底意外そうなんだよ。こんな面白そうなこと私様が逃がすわけないっしょ。むしろ泣いてもやる。泣かせるまでやる」 「…よかったあ…。頼りになるの盾子ちゃんだけだったから…」 「まあ、アンタ友達少ないしね。つーか…、イマイチテンション上がんねー!アタシ、結末が見えてるコトって嫌いなのよね!さらにそれがハッピーエンドだと!!大体さぁ、大和田もアンタのこと…、……ッッッ!!?」 「? 盾子ちゃん?」 「えっ?なぁに?なんでもないよっ名前ちゃんっ!!」 「あ、そう?」 「…ねぇ、名前、確認していい?」 「な、何を」 「アンタ、本当に大和田と仲良くなりたいの?」 「…う、うん」 「なんでもする?」 「…できる限りは?」 「ならばよろしいィッ!!」 そう言った盾子ちゃんの顔は、もう、恍惚、と言っていいほど嬉しそうで、私はなんだか奇妙に思ったが、とりあえず協力してくれるそうなので、「ありがとね、盾子ちゃん」とお礼を言った。盾子ちゃんは今度は、ニヒルな笑いを浮かべる。その目はひどく輝いていた。 「そうと決まれば私様はスパルタよん!!」 ───────── 希望ヶ峰の屋上はたまに実験とかで使ったりするらしく、なかなか広いし、上からの眺めはとても綺麗だ。ここが絶好の場所だと、盾子ちゃんに進められるまま、私はここに大和田くんを呼び出していた。よく分からないが、屋上に手紙で呼び出し、というのがとても重要らしい。時に冷静に時に熱く熱弁していた盾子ちゃんを思い出す。ただ、普通屋上は出入り禁止のはずだけれど…、それは深く考えないようにしよう。 ともかく、私は屋上備え付きのベンチに座り、どれくらい待っていただろうか、ドーナツ型の雲が崩れだした時、ギイと扉が開く音がした。 「な…、名字!?テメェ、何でこんなとこにいやがる!!」 やっと落ち着いてきた心臓が、飛び出るんじゃないかってくらい大きく跳ねた。私は恐る恐る扉の方へ顔を動かす。そこには大和田くんが呆然としたようすで立っていた。一気に緊張のボルテージが上がり、顔が熱くなる。私は立ち上がり、大和田くんに頭を下げた。 「ごご、ごめんなさい!!その…急に、呼び出したりなんかして、迷惑…だったよね!やっぱり、あの、お帰りいただいても、」 「いや別に、迷惑とか、そんなことは、ねぇ、が」 そのぶっきらぼうな言葉を聞いて、私ははっと思い出した。そうだ、大和田くんはいい人なんだ。少しだけ、緊張がほぐれたような気がする。私はお礼を言い、ベンチへ座るようにお願いする。優しい大和田くんは無言でベンチの端へ座り、私もベンチへ座り直す。 大和田くんのためにも、私のためにも、さっさと話を終わらせてしまおう。初めの一言は―――、あれ?なんだったっけ…?一気に、頭の中が真っ白になった。なんてことだろう。あがり症の私のために盾子ちゃんが台本まで作ってくれたというのに、その内容まで吹っ飛んでしまった。 「わ、私、その、」うわごとのように呟く。なんだっけ、大和田くんを待たせるわけにはいかない。早く、早く思い出して、言わないと。ギュッと目をつぶり、私はほぼヤケクソに叫んだ。 「私、大和田くんのこと、ずっと見てたの!!」 一拍して、私の身体は驚くほど熱くなる。違う、違う違う!覚えてないけど間違いなくこれではない! 「いや、見てたって言っても、ストーカーとか、そういうんじゃなくてね!初めは、大和田くんのこと怖いって思ってて、でも、大和田くん、意外といい人で、笑顔が可愛い?いや、そうじゃなくて!」 取り繕えば取り繕うほど、墓穴を掘っている気がする。 だが、もうここまで来たら止められない。 「それで、私、大和田くんと仲良くなりたい。大和田くんのことが、もっと知りたいと思う。だから…、大和田くん、私と───、」 私は、バッと顔を上げ、大和田くんと、ここへ来て初めて目を合わせた。 大丈夫。 根拠のない自信が私の胸に湧いて出る。真っ直ぐに大和田くんを見つめ、私はそのまま、決定的な一言を口にした。 「───私と、お友達になってくださいっ!!!」 沈黙が、屋上を包んだ。 大和田くんは目を丸くして固まっている。それが見てられなくて、私は思わず大和田くんから目をそらした。盾子ちゃんの作戦が走馬灯のように頭に浮かぶ。 その作戦というのは、ターゲットを手紙で屋上にわざわざ呼び出して「友達になってください」と言う単純明快なものである。これなら、断られる確率はかなり低くなる、ということらしい。が、友達ってこういうものだっけ…。いや、今私が盾子ちゃんを信じずに誰が信じる!ともかく、私はやりきったのだ。やりきったよ、盾子ちゃん…!ああ、盾子ちゃんの高笑いが聞こえる気がする。本当にリアルな、盾子ちゃんの心底愉快でたまらない、みたいな高笑いが…。 「あーっはっはっはーッ!!!!よかったわね大和田ァ!!!こんな可愛い子に友達になってくれなんて言われて!!うぷぷぷぷ…、だーっはっはっはっはーッ!!!!」 「え、江ノ島ァァァアアアア!!!!テメェか!!テメェの仕業かァァアアア!!!!!」 バッと顔を上げる。大和田くんが睨むその先に、盾子ちゃんが立っていた。モデル歩きでこちらへ近づいてくる。ぽかん、と鳩が豆鉄砲でもくらったような顔になってるのが、自分でも分かった。 「仲良くなりたいって言ったのは名前の意志だよぉ!!!私はそれに、ちょっとアドバイスをし・た・だ・け!だよね!名前っ!!」 「ま、まあ、うん。そうだけど…、盾子ちゃんいつからいたの!?」 「最初から。ってか名前、ちょーナイスファイトだったじゃん!流石のアタシも予想の斜め上過ぎて笑いこらえんのに必死…、もとい、名前のあまりの成長っぷりに涙が止まらなかったわー」 「…盾子ちゃん」 「悪ィ。今の冗談。実のトコ名前のことが心配でな…。怒るのも無理ねェよ。今度アイスでも奢るぜ。大和田の金で」 「殺す!!!テメェは殺す!!!!ボッコボコに捻り潰して、屋上から蹴り飛ばしてやるッッ!!!!!」 大和田くんはビキビキと青筋を立てると立ち上がり、人でも殺せそうな目で盾子ちゃんを睨んだ。私が睨まれてるわけじゃないのに、思わず縮み上がってしまいそうな迫力だ。だが、盾子ちゃんは飄々としている。 「あら、大和田くん、女性には手を出さない主義じゃありませんでしたか?…名前さんも見てますよ?」 「ぐっ!!く、クソが…ッ!!」 「っていうかさぁ、アタシのコトはいいのよ!アタシのことはさ!!二人がいつまでもイジイジしてるからアタシが出てきちゃったわけじゃん?ほら、大和田ぁ、返事しなくていいのぉ?名前、待ってるよ?」 「あ゛!!??」 大和田くんが勢いよく振り返った。目が合って、盾子ちゃんのこととかなんか色々申し訳なくて、思わず目を伏せる。すると、大和田くんの空気が変わった。 あ、怒鳴られる。 「友達でもなんでも、なってやるっつんだよクソがッッッ!!!!!」 その答えが意外すぎて、一瞬頭に入ってこなかった。それから、嬉しさがじわじわ染み渡る。私は満面の笑みを浮かべた。 「ありがとう!これからよろしくね、大和田くんっ!!」 モドル ×
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