唐沢としゆきとは、完璧な人間である。 私は彼をそんな風に考えている。だって唐沢君、苦手なものとかなさそうだし、隙がないのだ。しかも優しいし、強いし、紳士だし、完璧じゃん。私はズズズと汚い音を出しながらオレンジジュースをすすった。やっぱりオレンジジュースは100%に限る。 例えば今日。私はお母さんにぱしられ、安いからという理由でちょっと遠めのスーパーに駆り出されていた。自転車をちょっとした事故で失ってしまい、私は仕方なく徒歩で行ったところまでは良かったが、そのビニール袋が重いのなんのって!コーラ6本とかふざけんな!死ぬわ!なんて考える余裕もじきになくなって、ぼんやり死を意識し始めた時に私は彼に遭遇した。唐沢君は死にそうな私の様子を見て、なんと私のクソ重いビニール袋を持ってくれたのだ。ここらへんが凄いと思う。 その時の私はやったぜ唐沢君万歳!なんて喜ぶ気力もなく唐沢君の休憩した方がよさそうだな、の一言で現在近くにあったファミレスでのびていた。 「いやーほんとに助かったー死ぬかと思った!」 「ホント死にそうだったな名前」 「唐沢君に会えなかったら完全に死んでたよー!唐沢神!ありがとう!!」 それは言いすぎだろ、なんて言いながら唐沢君はフォークとスプーンを駆使し、スパゲッティを器用に巻く。唐沢君はお腹が減っていたらしい。私はそんな彼を横目で見ながらオレンジジュースをずるずるすすった。なんとこのオレンジジュースは彼がおごってくれるらしい!なんということか!!どんだけ完璧なんだ唐沢君!! 「この完璧超人め!」 「なんだいきなり」 「いや唐沢君って完璧だなあーって思ってさ」 「完璧じゃねえよ」 「嘘つき!完璧人はみんなそう言うわ!」 「完璧人ってなんだよ完璧人って」 「私の荷物持ってくれる人のことだよ」 「あれはお前じゃなくても持ってた」 「そう言うところが完璧だっていうのよ!なめてんのか!ああ!?」 「なんで切れてんだよ」 「唐沢君が完璧だから!」 「だから・・・」 「っていうか唐沢君って弱点とかあるの?ないよね?」 「あるに決まってるだろ」 「えっ!嘘、マジで!?」 「俺のことなんだと思ってるんだ、弱点の一つや二つある」 「な、なんだってー!」 「ふざけてるだろ」 「えへへ」 「キモイ」 「酷い!で、なんだね?その弱点っていうのは」 「言うわけないだろ」 「ええー!!」 「もし俺が言ったらお前どうするつもりだ?」 「そりゃなんとしてもその苦手なものを調達する!」 「そんなこと言われて俺が言うと思うか?」 「思わないです!」 「じゃあ言わん」 「えっ、じゃあヒント!ヒントだけでも!」 「・・・」 「頼む!」 「お前の、身近にいるものだ」 「私の身近・・・ハッ!もしかしてオレンジジュース!?」 「違う」 なんだ違うのかよーと私が拗ねると、唐沢君は当たるとも思ってないだろ、とご丁寧にツッコミを入れてくれた。くそっ!そうだよこの正論め!そう冷静でいられるのも今のうちだけだと思えよ・・・。 私はシンジ君のお父さんみたいなポーズをきめながら残り少なくなってきたオレンジジュースを飲んだ。実は昨日お風呂に入っている時、いつでも冷戦沈着な唐沢君を動揺させる作戦を思いついたのだ。題して、骨を断たせて骨を断つ作戦!私も恥ずかしい、唐沢君もびっくりみたいな誰も得しない悪ふざけの塊のような作戦だ。失敗すれば死が待っているどころか死ぬより恐ろしい地獄が待っている。いつもの私なら理性がじゃましてそんなことはしないのだが今の私は一味違っていた。疲れまくって自暴自棄になっているとも言える。なにはともあれ私はその作戦を実行することにしてしまったのだ。 「ねえ、唐沢君」 「なんだ」 「私さあ、あの、えーと」 「なんだよ」 「好き」 「は?」 「唐沢君のことが好き。好きになっちゃった、みたい」 なーんちゃってー・・・と心の中で付け加えないとホントもうどうしようもない。私は早くもこの作戦を行ったことを後悔していた。骨を断たせて骨を断つ作戦、正式名称は唐沢君に告白してあたふたさせればいんじゃね!?作戦である。そもそも私と唐沢君の間には恋愛要素的なものが微塵もなく、何言ってんだお前とうとう頭がおかしくなったかみたいなことを言われるだろうなって思っていたんだけどなんでこうなった。周りはわーきゃー騒いでいるはずなのにやけに沈黙が痛い。痛すぎる。 唐沢君はぎくちなく帽子のつばを引き下げたっきりぴくりとも動かない。帽子を下げたりなんかしたら当然表情なんかもわからないわけでああああ!!生き地獄ってのはまさにこういうことかガッテム!初めて体験したぜイエアー!!! なんて私は変なテンションになりつつもじっとりと嫌な汗が滲んできた。この状況は精神的にヤバい。ドッキリでしたーとも言えない空気だぞ私!いや、今ならギリギリセーフぐらいになるかもしれないっていうなかってくれ!!ならないと死ぬ!!! 「あ、あの、唐沢君?実はさっきのは」 「名前」 「は、はい!なんですかコンチクショー!!」 「なんで切れてんだよ」 「だって、唐沢君何も言わないから・・・!」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・俺も、」 「はい」 「俺も名前が好きだ、ずっと好きだった、付き合ってくれないか」 「・・・マジすか?」 「・・・・マジだ」 「冗談抜きで?」 唐沢君はちょっと間をおいてから、冗談でこんなこと言うかよ馬鹿、とぽつりと呟いた。そうです。冗談でこんなこと言ってしまった馬鹿は私です!自分の顔からみるみる血が引いていくのが分かる。そんな私とは対照的に彼の耳は真っ赤で、ああ!なんてこと!なんてことなの!!!! モドル |