コレから続いてるのかもしれない




ぼんやりとした感覚をじりじりとやかましい音が切り裂く。反射的に手を伸ばしてアラームを消そうとしたのだがなかなか目覚まし時計に手が当たらない。私はやっとのことでアラームを止めて、ゆっくり目を開くと見慣れない天井があった。ここ・・・どこだ・・・。呟いた声は寝起きと言うだけあって可愛くなくかすれている。私がぼんやりと天井を眺めているとコーヒーの良い香りが鼻に付いた。ああ、そうか、私引っ越したんだっけ。
私はコーヒーの香りに吸い寄せられるようにフラフラとリビングに向かった。ギィ。ドアを開くと見慣れた愛しい後ろ姿が見える。ああ、そうだ、そうだったっけ。


「・・・おはよう」
「ああ、おはよう。もう少し遅かったら起こしに行くところだった」
「完全に寝ぼけてた。一瞬ここはどこ私は誰状態になったもん」
「そうか」
「ごめん朝ご飯作ってもらっちゃって」
「気にするな、俺が好きでやってるんだから」
「キャーステキー抱いてー」
「朝から止めろ」
「冗談だよ」
「そうだろうな」


としゆきは私と話しながらもかろやかに料理を進めている。ずいぶん前から起きていたみたいで、リビングにはおいしそうなにおいが充満していた。その匂いに急激にお腹がすいてくる。私はあくびを噛み殺しながら席に座って、ずるずるとコーヒーをすすりながらとしゆきを観察した。
学生の頃よりも角ばった背中はいつ見ても素晴らしい。それに私が誕生日に買った、カフェ風のエプロンはびっくりするぐらい彼に良く似合っていた。さすが私が選んだだけあるな。まあとしゆきはフリフリエプロンでもなんやかんやで着こなしそうだ。半分寝たままそんなことを考えていると、視界においしそうな料理が滑りこんできた。


「今日は目玉焼きにしようと思ってたんだが、失敗してスクランブルエッグだ」
「おお!おいしそう!」
「なにせ俺が作ったからな」
「何言ってんの、大半はモトハルさんのおかげじゃん」
「まあな」
「モトハルさん料理上手いもんなーずるいなー」
「名前だって十分上手いだろ」
「だってさーモトハルさんって胃袋で女をゲットできるレベルじゃん?そのスキルが欲しい!」
「そんなの必要ないだろ」
「あるんだなーこれが」
「浮気は許さんぞ」
「するわけないじゃん!としゆきこそしないでね」
「俺がするわけないだろ」
「なーんか、こんなこと言ってて別れたら面白いよねー」
「面白くねーよ」
「メシウマ?」
「・・・どっちの意味でだ」


としゆきは料理を作り終わったようでエプロンを外して私の向かいの席に座った。私は食事の手を止めないまま正面からあらためてとしゆきを観察する。
としゆきは私と二人きりの時は帽子をはずすようになった。完璧なる目の保養だ。大人になって色っぽくなったとしゆきには、イケメンとか男前とかよりも美人、と言うのが一番しっくりくる。まあ性格は男前だけども。そして高校の時よりさらに低くなった声はちょっと擦れていてさらに色っぽい。完璧。ここが桃源郷か!という感じだ。


「・・・・さっきからなに見てんだ」
「いやーとしゆきかっこいいなーと思って」
「・・・・・・」


沈黙。そのあと私が笑って、としゆきも呆れたように笑った。ゆったりと流れる時間。ああ、幸せだ。
そのあと私達はおいしく朝食を頂いてから、そろそろ時間がヤバいことに気が付いた。そりゃそうだわ!ゆっくり食事なんかとってたらあっという間に時間はなくなるわ!遅刻なんてしたら大変なことになる。私は死に物狂いで用意を始めた。
大抵の用意も済んで玄関で靴を履いていると、としゆきが覚悟を決めたような表情で包みを差し出してきた。


「弁当作った」
「・・・えっ」
「さっさと持っていけ」
「な、なんとおおおお!!さすがとしゆき!!愛してる!!!」
「味の保証はせんぞ」
「そんなの愛の力でカバーできる!」
「ならいいんだがな」
「いやーそれにしてもとしゆくがお弁当作ってくれるなんてなー」
「いいからさっさと行け」
「ハーイ、じゃーいってきます」
「いってらっしゃい」


私は扉に手をかけてふと気が付いた。なにか、なにか忘れてないか・・・。考え始めた私の背中を押してとしゆきはほら、さっさと行って来いと声をかける。あ、そうだ。


「としゆき、行ってらっしゃいのちゅーは?」
「・・・」


としゆきは呆れたように私を見て、ちょっとため息を付いてから私のおでこに触れるだけのキスをした。この前私がさんざんごねたから観念したらしい。ほんとは唇にしてほしかったんだけど今日のところは勘弁してやろう。


「充電完了!じゃあねー!!いってきまあーす!」
「・・・いってらっしゃい」




モドル