「…!?」


何故、ここにいる。大和田くん。
簡潔に言おう。朝日奈ちゃんに呼び出された場所にはなんと大和田くんがいた。全くわけが分からないと思うが私にだって分からない。なんで、なんで??疑問符が頭の中を埋め尽くす。朝日奈ちゃんは…!そこで私は朝比奈ちゃんを疑いたくなんてない!と切り捨てた可能性が思い浮かんだ。


嵌められた。罠だ。罠だったんだ。


人間不信になりそうで頭がクラクラした。むしろ素直に朝日奈ちゃんが待っている可能性の方が低かったんじゃないんだろうか。何故来た私。自暴自棄か。選択ミスか。そう考える。そう考えていたところで、



「(……!!!)」



きづ、かれた。
大和田くんと、目があった。
その瞬間私は跳ねるように大和田くんに背を向けて走り出していた。背後から大和田くんの怒声が聞こえる。もつれる足を無理やり動かして走った。しかし…逃げた意味なんてあったんだろうか。圧倒的なスピード差。息が弾む暇すら与えられず、右手を掴まれた私は校舎の壁に背中を打ち付けられた。けれど痛くない。大和田君の左腕が私の背中に回っているのだ。そして頭上には大和田君のリーゼント、最早逃げ場はない。急展開にもほどがある。


「…なんで逃げてんだよ」
「……」
「オイ」
「……ものの弾み…?」
「…そうか……」


謝るはずだったのに。他にも言うことがあったはずなのに、言葉が出てこない。ああ、私はこれから木っ端微塵にふられるんだ。死にたい。なんなんだ意味がわからない。どうして私がこんな目に。
感情の行き場所をまた大和田くんにするわけにもいかない。混沌とした頭を抱え視界が滲んだ。冷静なふりを、せめて冷静なふりだけでもしなければならなかったのに。大和田くんが動揺しているのが見なくてもわかる。私は唯一自由を許された左腕で涙を拭い努めて冷静に言葉を吐き出した。


「離れろ、この変態」


訂正。私の中に冷静な部分など何一つ残ってはいなかった。

睨みつけて、吐き捨てるように言ったけれどどうしようもなく震えているそのセリフに大和田くんの顔がみるみる赤くなる。十中八九怒りによるものだ。死にたい。どうにもならない感情にまた視界が滲む。なんなんだ、どうしろと言うんだ。私に何を求めているんだ。っていうか…なんでこんなことになったんだっけ…。現実逃避。しかし、それすら大和田くんは許してくれないようだった。乱暴に顎を掴まれて顔を上げさせられる。ぼんやりとにじむ世界の中でも大和田くんの鋭い視線は私をまっすぐに射抜いていた。


「名字名前!!!!オレはテメェ、じゃなくて、名字が好きだ!!!!!付き合えゴルァ!!!!!!」


涙が引っ込んだ。


「えっ」


えっ
ええっ
えええっ


???????????????????????
???????????
?????
????????????????
なんと言った。分からない。意味がわからない。頭の中で大和田くんの言葉を繰り返してみる。

"名字名前!!!!オレはテメェ、じゃなくて、名字が好きだ!!!!!付き合えゴルァ!!!!!!"

…意味、わかんない。意図を探ろうと大和田くんの顔を見て、私はびっくりした。大和田くんの顔は煙が出てもおかしくないくらい真っ赤だったのである。そして、私の顔にも一瞬にして熱が集まる。分かった、察した。時に顔はどんな言葉よりも雄弁に語る。ああ、目だっけ。と、そんなことはどうでもいいんだ。私は電話口での苗木くんの煮え切らない態度とありえない仮定の話を思い出していた。
…信じられない。


「……」
「…」
「………あの、付き合うって…職員室的な……」
「ンなワケねェだろ…」
「……好きって……友情的な……」
「………アホか」
「……大和田君は…私のことが好き、なの…恋愛的な……意味で」
「……」
「………」
「…………オウ」


痛い沈黙が私たちを包む。どうやら大和田くんは本当に私のことが好きなようだった。意味が分からないと同時に胸にじわじわと熱い何かが広がっていく。引っ込んだ涙がまた溢れてくるような感覚すら覚えた。


「………断る気で、いたんだけどなぁ…」
「だからなんでだよソレ…意味分かんねェ…」
「…………私なんかより、大和田くんにはもっとふさわしい人がいる」
「…ソレを決めンのはテメェじゃねェだろ」
「……………私も、大和田君のことが……好き、だとしたら…その、お付き合いというのものをするようになるの…?」
「………駄目かよ」
「…分かんないんだよ…何で大和田くんが私なんかを好きになってくれたのか…」
「俺だって、何でオメェが俺なんかを好きなのかサッパリ分かんねェよ」
「……俺なんかとか、言わないで欲しい」
「…その言葉、そっくりそのまま返してやる」
「あはは…返されちゃった」
「………」
「……」
「……名字は、俺が好きなんだな?」
「…………………………………はい」
「じゃあ、オレと付き合え」
「………命令?それって」
「拒否権はくれてやらァ」
「………………そんなの、断れるわけ、ないじゃん…」


今、すごく恥ずかしいやりとりをしたような気がする。思わず大和田くんから目を逸らすと、その瞬間暖かいなにかが私の身体をすっぽり覆った。大和田君の匂いとすこし高めな体温。一拍して気が付く。ああ、私、大和田くんに抱きしめられてるんだ。と。大和田君の心臓が、ものすごい速さで鳴っている。それが嬉しいやら恥ずかしいやらもろもろの感情が胸いっぱいに広がって、やっぱり涙が出そうになった。私のせいで大和田君がこんなに緊張してる。わけのわからない満足感優越感安心感。それに身を任せてしまいたい。そんな誘惑に駆られる。


「ずるいなぁ…大和田くんは…」
「うるせェ、だァってろ」
「…あんなこと言って、恥ずかしくないのかね…」
「…オレだってな…!好き好んでこんなこと小っ恥ずかしいことやってるワケじゃ…!!」
「違うの?」
「ぐッ…!!」
「ふふふ…もう駄目だ…」
「なにがだよ…ッ!!」
「幸せ過ぎて、死んじゃいそう」
「───ッ!!」


大和田くんにしか聞こえないような声で囁く。羞恥心はとっくのとうに擦り切れたようであった。
大和田君が、好きだ。
抱き締められただけでも天にも昇る気分で、死ぬなら今がいい。なんて大和田君の胸板にすり寄ってみる。びきりと大和田君の身体が硬直して、ものすごい心臓の音が聞こえた。その愉快に思わず笑いがこみ上げる。大和田くんが余裕をなくしているところで、私はようやく頭に平穏さを戻すことができた。そして嫌に察しのいい頭が結果をたたき出す。


いつまでも、ここでいちゃついているわけにはいかない。


私はさっき擦り寄った大和田くんのたくましい胸板を押して彼の束縛から逃れた。唖然とした様子の大和田くんに少し罪悪感を覚え、しかしそれを上回る苛立ちに眉を寄せ、声高々に叫ぶ。


「出てこい野次馬ども!!!!!」


そう、来ていないはずがないのだ。最初から最後まで私たちをからかって遊びたい奴らが。こんな絶好の場所に。


最初に見えたのは特徴のあるドレッドヘアーだった。ぞろぞろと現れるメンツに大和田くんは開いた口がふさがらなかったようだった。苗木くんの申し訳なさそうな笑みを最後に総勢十二名。霧切ちゃん、十神くん、腐川ちゃん、そして私たちを除いたすべての希望ヶ峰学園第78期生が集まっていた。一人一人を殺意を持って睨んでいく。どこから漏れたのかわからないが野次馬根性は果てしない。十人十色を体現したいのかヤツらはそれぞれ言い訳謝罪感想叱咤説教感謝果ては泣きながら怒り狂っている奴もいた。頼むから今すぐ私の眼前から消え去ってくれ。


「アハハハ…人様の恋愛を覗き込んでみんな楽しかったかな……。死に晒せやこのクズどもォォオオオ!!!!!!」


私なんぞにも超高校級の、誰にも劣らない才能がある。私はそこらへんに生えていた樹木を抱きかかえる。抱きかかえて―――そのまま引っこ抜いた。ぶちぶちと根が切れる音と悲鳴が聞こえる。そして私は雄叫びをあげ、そのまま木の幹を振り回した。


「ぐおおおおおおおおおおおお!!!!」


私は、超高校級の怪力の持ち主だ。

怪、という単語が意味を持つように、私には普通でない、不思議な、並外れた力がある。戦術を抜きにしてもいいならこの力は大神さんより強い。腕相撲で実証済み。自分で言うがまさに化物だ。
それだからこの力を人を傷付けるようなことには絶対に使わないと決めている。つまり、止めてもらえないと思ってこんなことをする私ではないのだ。言ってしまえばこれはただの人払いであった。ただ方法がちょっと手荒なだけな。八つ当たりも兼ねただけな。
危険察知能力が誰よりも高い葉隠を筆頭にみんなが逃げる逃げる。そして大神さんとむくろちゃん、空気と化した大和田くんと私だけになった時、私は攻撃の手を止めた。生えていた元の場所へ樹木をぶっ刺すとそれなりに地面が揺らいだ。
謝罪の意を込めて二人に会釈をすると、意図を察していた大神さんが申し訳なさそうな顔をして、全くなにも分かっていなかったむくろちゃんを連れて去っていった。これでこの場にいるのは私と大和田くんだけだ。振り向くと、大和田くんはさっきみんなが登場したときとは比べ物にならないくらい呆然としていた。私は大和田くんに笑いかける。


「フるなら…今のうちだよ?」


大和田くんが唖然とした顔をみるみる組み換え、私に好戦的な笑みを向けた。


「バーカ、一生離してなんかやらねェよ」




砂埃が舞う中、私と大和田くんはようやく恋人の関係となったのであった。




モドル