好き。私が。大和田君を。
恋愛的な意味で。つまり恋をしていると。大和田くんに。
全くわけが分からない。そもそも私は恋愛なんてしたことがないし、恋愛なんてどういうものかも分からない。とりあえず調べてみた。恋愛、恋、愛?そもそも恋愛、つまり恋とはどういうものであるか。"恋 症状"とアホみたいなことを検索にかけ、私は祈るような気持ちでその結果を見た。


その症状は、全て私に当てはまっていた。


だから…どうしろというんだ…!私は青ざめた。嫌に察しがいい自分の頭を憎んだ。心臓が握り潰されるように痛む。原因が分かってしまって、納得も出来てしまったのだ。だからどうしろと言うんだ。ああ、まさか、そんな、でも、うそ、でも。言葉にならない感嘆符が浮かんでは消え、浮かんでは消えどうしようもなく顔に熱が集まる。
そしてどうしようもなくなってしまって私は携帯に手をかけた。着信履歴からその名前を探して通話ボタンを押す。いつだって私を正しい答えに導いてくれた友達はしばらくのコールのあと電話に出てくれた。


「もしもし苗木君…?」
『もしもし、名前さん』


心なしか苗木君の声は引きつっているように聞こえた。苗木君の声の後ろには喧騒が聞こえて、ああ、苗木君はまたなにかに巻き込まれているんだろう。と私は推測する。多分間違っていない。そして私も彼を私の個人的感情の元巻き込むのだ。相変わらず苦労人だ、苗木君は。


「周りうるさいね、苗木君また何かに巻き込まれてるの?」
『ま、まあ…そんな感じかな』
「相変わらず苦労人だなあ苗木君は」
『まあね、でも今回はボクが巻き込まれていったっていうか…』
「へー…」
『あはは…』
「…」
『…』


電話口を通して沈黙が私達を包む。いつの間にやら苗木君の背後の音も何一つ聞こえなくなっていた。ただ私の心臓の音が痛く聞こえる。私はやっとの思いで口を開いた。


「ねえ…苗木君は……人を好きになったことがある…?」
『……!?』
「ある?っていうか…あるよね、無いわけないと思うんだけど…」
『…』
「…」
『その…無いわけじゃ、ないよ…』
「そっか…」
『うん…』
「それで、苗木君は…告白とか致したんですかぁぁぁ…!もう!やだ!かゆい!苗木君どうしよう電話切ってもいいかな!?」
『それは勘弁して!』
「仕方ない勘弁してあげよう!」
『…』
「…」


ここに来て私は何のために苗木君に電話をしたのか分からなくなっていた。そして脳内を探って思いだす。なんて情けない。私はただ苗木君にどうにもならないことを愚痴ろうと思っていたのだ。


「どうしよう苗木君…!私大和田くんのこと好きになっちゃった……!!」


苗木君の息をのむ声が聞こえる。どっひゃー!とセレスさんのわざとらしい驚きの声すら聞こえてきたような気がした。違う。私の血液はぐんぐん顔に昇っていく。違う、違うんだ。


「違くて、私、初めて人を好きになった、で、どうしようか苗木君に相談しようと思っていて、けして大和田くんがどうだとか言うつもりは無かったのにああ違うの!!墓穴!!!そもそも私は大和田くんのことが好きじゃない!!」
『…うん』
「好きじゃないって…思ってたの…むしろ嫌いだって…」
『……うん』
「調べたんだよ、恋によって起きる症状」
『調べたんだ…』
「そしたら…全部、びっくりするほど当てはまってた。………苗木くん、ここまで言えば分かるわね?」
『…それってもしかして霧切さんの真似…?』
「うん、似てた?」
『全く』
「そんな気はしてたよ…」
『……うん』
「…」
『……』
「………私…これからどうすればいいんだろう…」
『……』
「…だってさ、大和田くんは絶対に私のこと……嫌い、だろうし」
『それは違うよ!!』
「…それは違うよ」
『それも、違うよ…』
「だって私、大和田くんに怒鳴って、八つ当たりしちゃって…もともと無かった好感度がさらに地の果てまで落ちたよ…」
『…』
「セレスさんじゃないけど、私だって勝算のないことはしたくないんだ…」
『勝率100%なんだけどな…』
「えっ、ごめん何か言った?」
『なんでもないよ……………あのさ、もし、例えばの話なんだけど、大和田くんが名前さんのこと好きだったら…どうする?』
「どうするもなにも…そんなことありえない。から、考えられない」
『いや、それを名前さんは考えるべきなんだよ』


苗木くんの真剣味を帯びた言葉を聞いて、私はようやくそのありえない未来の末を想像してみる。そして自嘲。ああ、苗木くんは相変わらず鋭いなぁ…。怖いくらいだ。


「もし、そうだったとして……私、絶対に大和田くんとは付き合わないと思う…よ。うん、間違いなくそうかな」
『そんな気はしてたよ…理由を聞いてもいい?』
「苗木くんは相変わらず怖い人だな…この借りは必ず霧切ちゃんに返す」
『勘弁して…』
「………私、そもそも、私なんかが大和田君と付き合うっていうのはね、ありえないんだよ。まず、釣り合わないし、私、大和田君を幸せにする自信がない、っていうか、これは男のセリフか。っていうか…そうだな、絶対、絶対的に、大和田君にはもっと、いい人が見つかって幸せになれるはず……なんだ…。だから私は、大和田くんとは付き合えない、し、大和田くんを、幸せにはできない」


言い切る。それくらいに確信を持って言えた。私は自分に自信が無いんだ。だから大和田君を好きにはなれない。納得して、思わず笑う。ありえない仮定の中でも私と大和田くんがくっつくなんてことは無いんだ。


「そもそも、私なんか好きになっちゃうのがおこがましいと言うかね」
『オイ』


電話口から聞こえた低い声。それは間違いなく苗木くんのものでは無かった。悪い意味で心臓が跳ね上がる。その声は私が今一番聞きたくて、聞きたくなかった声に他ならなかった。


「……!?!?!?」
『お前が自分のことなんて思おうと勝手だが、オレの幸せとかまで勝手に決めつけてんじゃねェぞゴルァ!!!オ』


プチッと軽い音がして、大和田くんの声が遮断された。それもそのはず、私が通話終了ボタンを押したからである。いや、いや、いや。ばくばくと鳴る心臓。私は朝比奈ちゃんが言っていた言葉を思い出す。″大丈夫!大和田は怒ってないよ(笑)″なんでそんなことが分かる。答えは簡単、その場に大和田くんがいたんだ。そして苗木くんが自ら巻き込まれて、引きつっていた声を出した理由。繋がって欲しくない全てが繋がって私は青い顔をすればいいか赤い顔をすればいいのか分からなかった。
とりあえず鬼のようにかかって来る苗木君ナンバーの電話をフルシカトし、朝比奈ちゃんと苗木くんに八つ当たりのメールを送った。コノウラミ、ワスレルベカラズ。そしてすぐに返信の音楽。確認してしまう自分が憎ましい。メールの内容はこうだ。
”ごめんごめーん!色々積もる話もあるし明日七時に校舎裏に来てくれないかな?本当にごめんね!”
なんか色々軽い。そのメールを見た瞬間脱力感が私の身体を襲った。ベットに倒れ込む。何もかも忘れてこのまま寝てしまいたかった。校舎裏なんて行きたくない。罠だ。絶対に罠だ。私を貶めるための罠が張り巡らされてるに違いないのだ。




モドル