おおおおかしいぞぉ…!一体なんだって言うんだ!私はさっきからひどく痛む心臓に眉をひそめた。この感覚には覚えがある…。あるけども、あるけども!それは絶対あっちゃいけないような…あってほしくないような…。私は目の前の背中を恨みがましく見つめた。超高校級の暴走族、大和田紋土くん。私の前の席の人である。大和田君は私の心中とは裏腹に静かにお昼寝の真っ最中だ。ちなみに今は授業中である。わぁ…不良だぁ…。まあ大和田君が真面目に授業なんか聞くことがあったら次の日は台風だろう。そのレベルだ。もしくは雪かもしれない。雪なら、…まだ許そう。
私はカチリとシャーシンを出して、ノートに筆を走らせた。筆じゃなくて、シャーペンだけど。こんな風紀のふの字もないような人と超高校級の風紀委員、つまり石丸君と仲良くしてるのはとても不思議だと思う。学校の七不思議の一つと言っても全然過言じゃない。そこにさらに超高校級のプログラマー、不二咲さんが混ざるとなんと形容したらいいか分からないほどのカオスっぷりだ。不二咲さんは可憐を体現したような人で、私みたいな奴は触れるのはおろか、話すことも若干躊躇してしまう。だって不二咲さん…可愛いんだもの…!あの大和田君もきっと彼女が好きなんだろうなぁ…。好きじゃなきゃ、つるまないと思うし、
ずきり
また心臓が痛む。だから、何だと言うんだこれは!これも全部大和田君が悪い!そうに決まっている!そもそも大和田君が不良だからいけないんだ!そうだ!
はぁ…。小さくため息を付いて私はシャーペンを握り直す。さっきから全く授業が頭に入らない。というよりは席替えで大和田君が私の席の前になった時から私はおかしくなってしまったようだ。毒電波でも出してんじゃないだろうか、彼は。
無意識に私は視線を彼に向けた。襟足だけが黒くて長い、私から見れば変な頭。机に突っ伏してるせいでトレードマークのリーゼントが若干崩れている。またお昼休みに直すんだろうか。そういう髪型を気にするところは女子っぽいなぁ…。あと、長い睫毛だったらりとか、細かいところに気が付くとことか。彼はわりと女性的なところがあるのかもしれない。意外に。誰しも心にギャップを持っているというのが私の持論だ。彼もその、自分の女性的な部分を嫌がって、わざと粗暴で野蛮な男性のフリをして…いたりして。いや、それはないな。ない。絶対ない。大和田君はそういう感じとはかけ離れて、ちゃんと自分を持ってるような人で、


「(…って、)」


なんで私はまた大和田君のことを考えているんだあああああ!!!!!握っていたシャーペンがボキリと折れた。ああ…、頭痛くなってきた…。いっそのこと大和田君みたいに寝ちゃおうかな…アハハハハ…。乾いた笑いが漏れそうになった時、タイミングよくチャイムがなった。今日の授業はこれで終わりだ。やかましい椅子の音。ぐぐ、と背中を伸ばしてから先生に礼をして、気怠げな挨拶と共に私は教科書に手をかけた。


「オイ」


今日の晩御飯は何にしようかなー。昨日親子丼だったから今日は野菜が食べたいな…。たしかキャベツあったし、今日はロールキャベツにしようかな。じゃあ帰りに挽き肉買わなきゃ。


「オイ…ッ!!!」


そうと決まればさっさと帰ろう。私は筆記用具を筆箱に雑に詰め込んで、それをさらに教科書と共に雑に鞄に詰め込み、鞄を持つ。


「オイッ!!!さっきからシカトこきやがって!!!喧嘩売ってんのか名字名前!!!!!」
「ええっ!?私ッ!!??」


まさか私のことだとは…!!失念していた。つーか何で私!?大和田君は怒りかなんかで顔を真っ赤にして片方の眉毛を器用に引きつらせている。正直怖い。超怖い。現状把握も出来ないまま私の血液はどこへともなくサァと引いていった。や、やばい…このままじゃ殺される…!!!


「えェっと…大和田君が、私にナニか用ですか?」
「それはこっちのセリフだッ!!!」
「えっ」
「授業中いつもオレにガン飛ばしやがってよォ…ケンカ売ってンのかテメェは!!!ア゛ァッ!!??」
「っ!?」


目の前に大和田君のドアップの顔。あぁ、やっぱ睫毛長いなぁ…。と場違いな感想が頭に浮かぶ。大和田君は喧嘩の時、人を威圧するように顔を近付ける癖があるのだ。いつのまにか知ってた大和田君の情報。けど。一転してぐんぐん顔に熱が集まってくる感覚と早鐘を打つ心臓。バッグが床に落ちた音で私は意識を取り戻した。慌てて後ずさる。大和田君が何か言っているようだが全く頭に入ってこない。むらりと、頭の中に何かが沸き立つ。それはなにもかも上手くいかない焦燥感や苛立ち、腹立たしさだった。
なんで、なんで私がこんなに大和田君に振り回されないといけないんだ…!私は奥歯をギリと噛み締めて、大和田君をキッと睨んだ。そして、激情に流されるまま私は言葉を大和田君にぶつけてしまった。


「大和田君ッ!!大和田君のせいで私は迷惑してるの!!!気が付くと大和田君のこと考えてるし最近授業にも集中出来ないし成績落ちたらどう責任とってくれんの!?!すっごい迷惑!!!全部大和田君が悪いからッ!!!私がおかしくなっちゃったのもこんなこと言ってんのもシャーペンが折れたのもこの世から戦争が無くならないのも全部ぜーんぶ大和田君が悪いッ!!!悪いったら悪い!!!分かったら二度と近寄らないで!!!!!」


私は鞄を拾ってから猛ダッシュでその場から逃げた。廊下は走るな!という場違いな声が聞こえるがシカト。階段を何段跳びで駆け抜けて靴を履き替える手間ももどかしく感じるほど私は焦っていた。動きづらい革靴に履き替えてもまだ走る。なんか、大和田君が追いかけてくるような気がした。それって超怖い。ってか、私、大和田君になんてこと言ったんだ!!!テンパり過ぎてよく覚えてないけど、ひどいこと言っちゃったような気がする。───ああっ、明日からどうしよう!!!




モドル