私の目の前にいる男、石丸清多夏はひどく狼狽していた。顔を真っ青にし、今にも泣き出しそうに目をひん剥き、その口からは、あ、だの、う、だの言葉にならない音が漏れている。ちくしょう、泣きたいのはこっちだってんだ。私は舌打ちをして口の中の鉄臭い塊をティッシュに吐き出してゴミ箱に捨てた。教室に唾を吐くほど私は不良ではなかったからだ。


「で、これで満足?」


もつれる舌を無理やり動かして石丸に笑いかける。今にもキレてしまいそうだ。何かが、もしくはもう切れているのかも。ブチブチと頭のおくで聞こえるのは私の血管が切れている音かもしれない。今私が脳卒中で倒れたら間違いなくこいつのせいだ。間違いなく!
石丸清多夏はいつのまにか泣き出していた。号泣だ。顔中からあらゆる液体を吹き出して泣きじゃくっている。正直汚い。私はポケットティッシュを彼に投げつけた。こんな状態だと言うのに彼はそれをしっかりキャッチして、ティッシュをむしる。むかつく。ムカついたので彼を責めてみる。


「だからさぁ、泣きたいのは私だって、」
「うぅ、ぅ、すま、なぃい、すま、うっ、す、まないっ、ううっ」
「…」


話にならない。
私はわざとらしくため息をついてみせた。あれか、泣いてこれ以上責めるのを躊躇させる手段か、巧妙な手口か、そうなのか。石丸は泣き止まない。ポケットティッシュはとうに無くなったようである。鼻水も涙も涎も拭かないまま、手放しで泣きじゃくる石丸が、なぜだろう。愛しく思えてしまった。私は靴音をわざと大きくならしながら石丸に近付く。石丸は怯えたような目で私を見て、私より身長も体重もあるくせに、とても小さく見えた。うまく例えが見つからないが、小動物とか、赤子とか、そういう感じだ。汚れを知らない、純真潔白無垢なヤツ。むかついた。私は少し背伸びをして、石丸にキスをした。涙で潤んでいる瞳が大きく見開かれる。私は目を伏せて、唇の柔らかい感触を感じてから、そっとかかとを降ろす。石丸はもう泣いてはいなかった。そのかわり首筋まで真っ赤に染め上げて、口を開閉している。それがあまりにまぬけだったので私は笑った。控えめな笑い声が教室に響く。それがあまりに自然で、その不自然さがおかしくてまた笑った。


「石丸、これで私を殴ったのちゃらでいいよ。それと私が風紀委員会を馬鹿にしたのも撤回する。私気付いたんだけど、馬鹿は君だよ、石丸」


それと私も。ぼそりと呟いてみるが、その言葉は果たして彼に届いただろうか。石丸は頭の回線が切れてしまったのか微動だにしない。にたりといやらしく、いつものように笑いかけると私は教室を後にした。





モドル