コレの続き




石丸クンが死んで、彼女はおかしくなってしまった。

石丸クンが現実を受け止めて狂ったと言えば、彼女は現実を受け止められずに狂った。
まず、彼女は異常なまでにチョコレートを食べるようになった。ボクが見る限りでは朝から晩までチョコレートを食べている。見ているだけで胸焼けしそうだった光景はそのうち日常に溶け込んでしまった。
そして、石丸クンが死んでいないように振舞った。というより、石丸クンが死んでしまったことを認識できていないようだった。彼女は毎日、彼と座っていた席に座って、死んでしまった彼、石丸清多夏と会話していた。会話と言っても、彼は死んでしまっているし、なんと言ったらいいのか分からないけど、一人で笑って泣いて時には怒って、石丸クンとの思い出を繰り返しているようだった。そのくせ、彼女は時折思い出したかのように号泣した。石丸君が、死んでしまった。それが正常な反応なはずなのに、ひどく痛ましく、ボクは本当のことを言って諭したほうがいいのか、それとも石丸クンが生きているように振舞ったほうがいいのか、分からなかった。
その次の日、彼女はいつかと同じようにボクに石丸クンのことを嬉しげに話した。その目は赤く腫れているのに、彼女は石丸クンのために流した涙を覚えてすらいない。それを何回も繰り返す。それは凄惨な光景だった。そのうちにボクたちは彼女を目に入れるのさえ躊躇するようになった。それでも彼女は変わらない。彼女の世界には彼と彼女の楽しい日常しかいらなかったようで、つまり、そういうことだった。彼女はボクたちを、現実を切ったのだ。

今日も彼女は石丸クンに笑って、泣いて、怒って、最後は無表情になって、チョコレートを貪りながら思い出を何度も何度も何度も繰り返す。石丸君、石丸君、今日も彼女の声が鼓膜を揺らした。


「忘れちゃいなよ」


それは、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
思わず顔を上げる。でも、彼女は相変わらず石丸クンの幻を見ていた。絶望した。思うに、彼女の中では今大和田クンが死んだらしい。石丸クンが狂ったらしい。チョコレートを貪って、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、









次の日、食堂に彼女の姿はなかった。沈黙を取り戻した食堂に、ボクは安心感すら覚えてしまった。そんな自分が恐ろしくて、その反面、仕方ないと思っていた。あの光景は本当にボクたちを痛めつけた。不気味な沈黙の中、葉隠クンが口を開いた。昨日の夜、彼女がモノクマにすがりついて死にたい、死なせてくれと泣き叫んでいた、と。何も言えなかった。何も、出来なかった。
彼女の部屋は鍵が開いていて、彼女がいないこと以外はなんにも変わらなかった。机の上に彼女の日記があった。意外に几帳面なところがあったんだな、とパラパラとページをめくる。そこには石丸クンのことばかり書かれていた。大和田クンが死んで石丸クンがおかしくなってしまった時には、彼女は″石丸君はチョコレートの国に行ってしまったんだ″と記されていた。チョコレートの国、彼女もそこへ行ったのかもしれない。行きたかったのかもしれない。日記は石丸クンが死ぬ前日で終わっていた。
ただ、そのページの端に小さくごめんね、と彼女らしいクセのある字で書かれていた。現実を受け止めて、今を生きようとした彼女の最後の理性は、彼女を幸せにはしてくれなかったようだ。彼女が座っていたテーブルには大量のチョコレートの袋が散らばっていた。その中に、狙ったように一粒だけチョコレートが残されていた。手を伸ばして、食べる。それは苦い後悔の味がした。ぐるぐるとボクの胸にくすぶって、お前も来いよと囁く。悲しかった。やるせなくて、涙が出た。もうチョコレートは食べられない。




モドル