彼を初めて見たのは入学式当日。雷が落ちたような衝撃があったような気がする。が、まあよく覚えていない。私はその衝撃を一種の殺意的なものではないかと推測し、なるべく彼には近寄らないようにしようと心に決めた。しかし決意を嘲笑うように私は彼と同じクラスになってしまった。しかも隣の席であった。彼は笑顔で私に挨拶をした。石丸清多夏。それが彼の名前らしい。はきはきした声で表情豊かな彼を見るとなぜだか胸が軋んだ。私には無いものを持っている彼に嫉妬していたのか、と当時私は推測した。しかしそれがけして、いやな感覚ではなかったのも事実だった。
月日はたち夏。私はクラスメイトを介してこの感情が恋であることを知る。クラスメイトは呆れたような顔をしていた。なんだ、そんなことも気が付いてなかったの?と言うことらしい。そう気が付いてみると、私の彼への思いは一層強いものとなった。それに平行して私の彼への拒絶も一層強いものとなった。どうせ叶わぬ恋を育てるほど私に自虐趣味はない。衝動が爆発してしまう前に、私は彼のことを諦めるべきなのだ。彼は私なんかとは違う高潔な人だ。近付くことによって汚してしまうのではないかと思った。怖かった。汚れた己の見を憎んだ。足を洗うには、深くはまりすぎてしまっていたのだ。もう抜け出すことは出来ない。そう考えているといつの間にか私は泣いていた。ずっと感情を押し殺してきた私が泣くなんて自分でも滑稽だった。今更なにを。私は自嘲した。しかし涙は止まってくれない。それを、よりによって彼に見られてしまった。彼は泣いている私を見てひどく狼狽えているようだった。当然だ。私は彼に悲しんでいる様子を見せるどころか感情表現の一切をしたことがなかったからである。ひどく自分が矮小で滑稽で醜い人間だと思えた。涙は止まってくれない。彼は恐る恐るといったように私の頭を撫でてくれた。頭に感じる彼の不器用な手つきと温もりに私は動揺した。動揺して錯乱して自我喪失のもとなんと私は彼に抱き付いて号泣してしまったようだ。記憶が曖昧であまり覚えていないが、彼の温もりと匂いと感触にひどく安心したのをぼんやりと覚えている。彼に好かれたいとは思わないが、彼が素敵で可憐な誰かを好きになって、その誰かと幸せになって欲しいと思う。その幸せを祈ることくらい、きっと私にも許されてるはずだから、




モドル