先生は教室で待っていた。
窓の外を見ている先生は、窓から差し込む微かな月明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。その美しさに私は思わず息を呑んだ。先生の後ろ姿は幻でも見ているように儚げで、声を掛けてでもしたら消えてしまいそうだ。私が動けずにいると、先生がこれまた見惚れるような動作で振り返り、私を目視すると微笑んだ。


「───待ってたわ、名前。わざわざこんな時間に呼び出してごめんなさいね」
「…いえ、先生。私こそ遅くなってしまってすみません」
「………名前、」
「はい」
「話があるの」
「…はい」
「今からアタシが話すことは大人として、教師として、あってはならない最悪のことよ。本来ならアタシの胸の内に隠しておくべきだったんだろうけど…名前に聞いてほしかったの。踏ん切りを付けたかった、って言うか……。…ほんっと駄目ねアタシ」


先生がやれやれと首を振る。私は先生にかける言葉が見つからず、ただ拳をぎゅっと握り締めた。手のひらが汗ばんでいて気持ち悪い。
先生は私に向き直ると私の目を真っ直ぐ見て、真っ直ぐ私に言葉を投げかけた。


「あなたが好きよ、名前」


先生の瞳が真っ直ぐ私だけを見ている。私だけを映している。私の心臓の音が痛いくらいに響く。それに反して先生の表情は静かで、なにかを諦めたみたいに笑った。
幸せで、とても苦しかった。


「許されないとは分かっているわ。でも、どうしても好きなの。好きになってしまった…。返事は、いらないわ」
「…………先生、私は、」
 

先生はくるりと私に背を向けた。拒絶の意。もう帰って、そう言っているようだ。それは抑止力となって私の喉に絡みつく。言葉がでない。なんで、言いたいことは沢山あるのに、どうして、


「っ、」


先生、ギャリー先生。あなたが好きです。ずっと好きでした。あなたの薄紫色の柔らかそうな髪の毛が好きでした。柔らかいとろけるような笑みに惹かれました。そして、ふとした拍子に見せる悲しげ瞳にに心を揺さぶられました。先生、なにを見つめていたんですか。なんで、そんな虚ろな表情をするんですか。教えてください先生。先生、なにか私に出来ることはないんですか。私じゃ先生の寂しさを埋めることは出来ないんですか。どこかで傷ついているならその傷を癒すことは出来ませんか。先生、先生、お側に
いてもいいですか。お側に、いさせてください。先生、
視界が滲んで世界が歪む。ああ、この気持ちが全部一点の誤りもなく先生に伝わってくれればいいのに。上手く動かない私の身体がどうしようもなくもどかしかった。


「先生、私、分からないんです。どうして先生は…そんな、なんで私は、先生が好きで、先生も、私を好きなはずなのにっ……」
「………名前…アタシは…ただ怖いのよ。あなたの将来を摘み取って、あなたの幸せなんて考えもしないで必死に自分のものにしようとしているアタシが。今だって…こんな台詞を吐いて、否定の言葉を求めてる。…勝手よね。アタシは狡くて、傲慢で、自分勝手な人間よ。……あなたを不幸にする」
「そんなこと…!」
「分かってるのよ…!あなたがアタシを好きでいてくれてることくらい、分かってて、本当はなにも障害なんてないことくらい、」
「せんせ、」
「ごめんなさい、好きよ…怖いくらいに」


先生が私を抱き締める。痛いくらいに込められた力は逃げないで、と言っているようだ。先生は震えていた。私も力の限り先生を抱き締める。
先生、本当は知っているんです。私の好意に先生が気が付いていたことくらい。先生が、私のことを好きでいてくれたことくらい。
分かってて知らないふりをしていた。私と先生は特別仲が良いわけじゃない生徒と教師。遠くから眺めているだけ。卒業してしまえば呆気なく切れてしまう関係。それで良かったのかもしれない。


でも、それじゃ物足りなくなってしまった。


怖いなんて考えられないくらい私に溺れていって欲しい。底なし沼にはまっていくように、気が付いた時には私なしじゃ生きていけなくなるくらいに、





モドル