「唐沢って警官向いてそうだよね」


唐沢は名前の方に目を向けた。名前はテレビを見ながらミカンの皮をむいている。唐沢の部屋に勝手にこたつを持って来たあげく、やっぱこたつにはミカンでしょ!と名前が持ってきたミカンだ。始めはダンボールひと箱に溢れるほど入っていたが、今はダンボール箱半分ほどしかない。それでも結構な量だが。
テレビでは警察、白バイ特集をやっている。原因はこれか、と思い唐沢はミカンの皮をむきながら適当に返事をした。


「正義感強くて、弱い者をほっとけない!ほらぴったりじゃん。帽子かぶりたいならずっと警帽かぶってればいいし」
「そうだな」
「でもえらくない感じの・・・町のお巡りさん?そうだ!町のお巡りさんになればいいわけだよ唐沢はさあ」
「悪くないな」
「でしょー。そんでもって子供に目つき怖ーいとか言って嫌われるんだよ」
「かもな」
「そんな平和な日々を過ごしている唐沢の元に、ある日ストーカー被害に困っている女性が尋ねに来た・・・。和服の似合いそうなおしとやかな女性、彼女こそ未来の唐沢夫人である」


また始まった。唐沢は妄想に熱が入ってきた名前を横目で見つめた。こうなると名前は一通り妄想を喋らせないと黙らない。
唐沢は白いところも丁寧に取り除いて、すっかり綺麗になったミカンを千切って食べた。うん。うまい。


「唐沢がボディーガード代わりをしてる時に二人の間に恋心が芽生えるわけよ」
「そうか」
「うん。そうそんでね、最終的には結婚して子宝には恵まれなかったんだけど、二人で中睦まじく暮らしてた・・・しかし、その平和は長く続かなかった・・・」
「ほう」
「なんと!唐沢が殉職したのだ!」
「人のこと勝手に殺すなよ」
「唐沢はなんかの事件で一般人をかばって死ぬわけなんだけど、」
「無視すんな」
「その一般人が唐沢の葬式に来てすみません、とか言うじゃん」
「・・・」
「だけど唐沢夫人はただ寂しく笑って主人がしたことですからとか言うわけよ」


唐沢が相槌を打つのをやめてもかまわず名前は話し続ける。唐沢は本日何個目かも分からないミカンに手を伸ばして、爪が黄色くなっているのに気が付いた。そう言えば名前も俺も全体的に黄色くなってきたような・・・。唐沢はいつの間にか立ち上がって熱弁していた名前を見た。いや、気のせいか。というか、気のせいであってくれ。


「気丈に振舞っていたものの毎日泣いていた唐沢夫人の前に現れたのが、そう!何を隠そう私よ!」
「お前出てくんのかよ」
「泣く唐沢夫人を慰めてこう、落としていくわけ、私が」
「おい」
「だって未亡人だよ!和服の似合う美人だよ!やるしかないじゃん!」
「最低だな」
「褒め言葉!で、最終的には唐沢の遺影の前で唐沢夫人とせっくガボハッ!殴るなよ!」
「・・・」
「無言か」


ちぇーつまんねえの、と言いながらこたつに滑り込み、寒い寒いと唸る名前にだったら立たなきゃいいだろ、と唐沢が突っ込む。やらねばならんのだよ、やらねば・・・・と唸りながら、名前は唐沢のむき途中のミカンをめざとく見つけた。唐沢ーミカンちょうだい、そこにあるだろ、むいてあるの!むいてあるのが欲しいの!、・・・、みーかーん!みーかーん!、・・・、やったー!唐沢ありがとー!そんな会話をしながら唐沢はふと名案を閃いた。


「なあ、」
「何?私忙しいんだけど」
「それは嘘だろ」
「まあ嘘だけど」
「さっきの話、誰も不幸にならない方法を考えたんだが」
「え!まじ?真面目に検討してくれた?」
「名前が俺と結婚すればいいんじゃないか?」
「えー」
「どうだ」
「でも唐沢殉職しちゃうじゃん」
「お前と結婚したら心配で死ねん」
「そうか・・・」


名前は悩むような仕草を見せた。その間も名前はミカンを食べ続けている。そんな名前を見て唐沢もミカンに手を伸ばした。名前はミカンを食べながらうんうん唸り、ミカンを食べ終わってもしばらく唸っていた。その間、唐沢は断られたら嫌だな、とぼんやり考えながらひたすらミカンの皮をむく。
それからしばらくして、唐沢がミカンの皮を全てむき終わったころ、名前はようやく考えがまとまったらしい。すっきりした笑顔を唐沢に向けて名前は言った。


「うん、じゃあ結婚しようか私達」




モドル