中学の時、同じクラスになってから名前と唐沢は仲が良い。中学、異性、仲がいい、の三拍子がそろうと、お前ら付き合ってんじゃねーの?とからかわれるのが常だが、二人の場合そんな事はあまり無かった。突拍子もない事をしでかす名前を唐沢が止める。保護者と子供、よく言えば兄妹みたいな関係である。家が近いこともあり、高校生になって学校が離れた今でも名前はちょくちょく唐沢の家に遊びに来る。
・・・正確に言うと食べにくる。
後生だから!一生のお願い!と名前にせがまれ、唐沢は前に一度料理を作ったことがあった。その時に、名前はなんで女の私より料理が上手いんだ!と憤慨し、毎日私にお味噌汁作って下さい!あ、やっぱりハンバーグ!と訳の分からないことを言いながら文字通り味を占め、唐沢の家によく来るようになってしまった。・・・あの時、作らなきゃよかった。ごはん食べに来たよー!と名前が家に来るたび唐沢はそう思うのである。


「ねー唐沢ー、なんかお腹空かない?」
「別に」
「別にって・・・ぷぷー唐沢そのネタ古すぎーちょーうけるんですけどー」
「うけてねえじゃねえかよ」
「失笑!だけに!」
「うまいな」
「えっ!?まさか唐沢に褒められるなんて・・・・。まさか、天地異変の前触れ!?」
「・・・少しは勉強しろよ」
「腹が減っては戦は出来ぬ!」


意味不明に元気な名前に目をやって唐沢は溜め息をついた。机に突っ伏している名前には完全にやる気が見えない。今日は真面目に勉強するよ!テスト近いし。そう言った1時間前の名前はもはや影もない。お前を信じた俺が馬鹿だったよ・・・。唐沢はまた溜め息ををついた。そんな唐沢の心境もなんのその。名前はため息つくと幸せが逃げるよーとケタケタ笑いながらノートに落書きをし始めた。唐沢のノートである。


「さっきから何書いてんだよお前は」
「ミッキー」
「!?似てねぇ」
「そんな素で驚かなくったっていいじゃん!」
「俺はてっきりミドリムシかと・・・」
「微生物じゃん!哺乳類ですらないじゃん!あ、ネズミって哺乳類だっけ?」
「それぐらい知ってろよ」
「あ、そうだね。哺乳類だったね」
「誰と会話してんだ」
「え!?ご飯作ってくれんの!?」
「だから誰と会話してんだよ」
「唐沢とに決まってんじゃーん」
「俺は作るなんて言った覚えないぞ」
「今言った!ほら今作る言ったじゃん!ふふふ、唐沢君。こんな初歩的なワナに引っかかるなんて馬鹿じゃねーの」
「馬鹿はお前だ。・・・そんなこと言ってると作らねーぞ」
「はいはい、作らなくて結構・・・え!?作ってくれんの!?」
「名前がうるさくて勉強に集中できないからな。作ってくださいお願いしますって言えば作ってやる。あと土下座な」
「べ、別にお前なんかのためじゃないけど、お前がうるさいと勉強に集中できないから料理作るんだからなっ!勘違いすんなよっ!ってこと?やっべ今の唐沢にすげえ似てなかった?」
「俺は別に作らなくてもいいんだそ」
「作ってくださいお願いします!」
「仕方ないな、作ってやろう」
「上から目線なのが腹立つけどやったね!唐沢大好き!」


お昼ご飯ゲットだぜ!と無邪気に喜ぶ名前をしりめに、唐沢は帽子のつばを引き下げてから、せかせかと台所へ向かった。台所は一階だ。
階段を降りる途中、やたら熱い顔を押さえながら唐沢は長いため息をついた。どくどく。激しく脈打つ心臓の音がうるさい。これは初めてのことじゃないが、いつになっても慣れない。


大好き、なんて、そんなこと、気軽に言われても困る。


名前にそんな気がないのは知ってる。大好きなんて、結構前から言われてたことだ。変に注意したら何意識してんのー、とか私のこと好きなんじゃないの?とか言われて無茶苦茶にからかわれるのがオチだ。恐ろしいほど鮮明に想像できる。そうなったら俺は上手く言い返せないだろう。図星だからな。
唐沢は深呼吸してから、雑念を払うように頭を振った。まあ、俺が耐えればすむ話だ。赤面も動悸も時間がたたないと治らない。経験上それを知っている唐沢はとりあえず今日のメニューを考えることにした。冷蔵庫に鶏肉あるし、卵あるし、親子丼でいいか。



その頃、唐沢の足音が遠ざかったのを確認してから、名前は唐沢がしたように溜め息をついてみた。名前が大好き、と言ったのにどれほどの勇気が必要だったか、唐沢はちっとも分かっちゃくれないのだ。分かられてても恥ずかしいんだけどね。




モドル