名前はこの前と同じように窓の外を見つめていた。
圧倒的に希薄になった存在感。窓の外を見つめる名前の後ろ姿は細く、病服から覗く肌は嘘みたいに青白い。今にも溶けて消えてしまいそうだ。夢なら覚めろ、早く。大和田は何を言い出すか分からない口を真一門に結ぶ。背中を刺す視線に名前は身じろき、そこでようやく大和田の存在に気が付いた。


「…あ、紋土くん、ひさしぶり」
「………」
「林檎いる?好きだったよね。さっきお見舞いで貰ったんだ」
「…いらねーよ、いいから寝てろ病人」
「一日中寝てて暇なの」


そう言って名前は見舞い品らしいフルーツ盛り合わせのカゴから真っ赤な林檎を取り出すと、そばに置いてあったナイフで皮を剥き始めた。さりさりと音をたてて皿の上に林檎の皮が積み上がっていく。白くて細い手、赤い皮のコントラストが何故だか見てられなくて大和田は目を逸らした。


「紋土くん、そこに椅子あるから座ってなよ」
「…いい」
「いいって…反抗期か」
「…そんなんじゃねェよ」


名前はブツブツと何か言っているがその顔はどことなく嬉しそうだ。やっぱ変な女。変わってねェな。それに妙な安心と居心地の悪い苛立ちが大和田の胸に沸いて出る。クソが。心の中で悪態を付き、大和田は病室に目を泳がせた。一言に殺風景なそこは名前も知らない様々な医療器具が置かれている。その無機質な中に、花瓶が一つ置かれていた。名前も知らない花がバランスよく活けられている。それはやけに生き生きとしてるようで、この部屋では嫌に浮いて見えた。大和田の胸にどうしような無い不快感が湧いて出る。それに途方もない違和感。
違う。
こんなのコイツには似合わない。
思わず、この部屋を滅茶苦茶に破壊してやりたくなる。そしたら少しはマシになるだろうか。独特の消毒の匂い、清潔感の塊みたいな病室、生ぬるい空気。全てが、大和田のカンに障った。


「あ、」


またそんな声がして鈍い音を立てて剥きかけの林檎がぼとりと床に落ちた。何度目だ。クソ。反射的に大和田の額にびきりと青筋がたつ。その激情の赴くまま、大和田はその林檎を拾おうと伸ばす白い腕を掴んだ。そして愕然とした。
細い。
細すぎる。
骨と皮くらいしかないそれは大和田が少し力を入れれば簡単に折れてしまいそうだ。ベットに縫い付けられ身体はろくに林檎を剥く筋力すら残っていないようだ。喉の奥で空気が擦れるような嫌な音がする。静かな病室に聞こえたソレは、まるで悲鳴のようだった。


「紋土くん、」


だから来たくなかったんだ。
来るたび間違いなく死に向かっていく身体も色を失っていくその肌もそれなのに変わらない笑顔も、罰、だと思った。オレへの罰だ。なんでだよ、兄貴を殺したからか?それを隠したから?それとも暴走族なんてやってて、オレがどうしようもねェクズ野郎だからか。なあ、何が悪かったんだよ、答えろよ名前、どうしてお前は死んじまうんだ。おかしいだろこんなの、なぁ、
名前がゆっくりと、信じられないくらい優しそうに笑って、それに大和田の胸がギリギリ締め付けられる。その口から柔らかく吐き出された言葉は真っ白な病室に溶けて、そのまま消えた。




モドル