「よう」


彼の気だるそうな挨拶に、ゆるゆると片手を振って答えてみせる。それはひさびさに見る姿だった。人気の欠片もない団地。いろいろな液体が染み込んだコンクリートは夕日に照らされて不気味な色彩を放ち、ゴミ溜めみたいなここは文字通りゴミ共のたまり場だった。過去形だ。今やここは不気味なまでの静寂に包まれている。それは今目の前にいる彼の暴力的とまでに言える名声のせいだろう。大和田くんは私の隣にどかりと腰掛けた。年季の入ったベンチが悲鳴をあげる。それでも壊れないのはすごいなぁ、と頭の端で賞賛しつつ私は手にしていた文庫本に栞をさしこんだ。


「希望ヶ峰からスカウトが来た」



思いもよらない言葉が聞こえましたが、
真意を探ろうと彼の目を見ても嘘っぽさは見受けられないくて、馬鹿な。とりあえず曖昧な相槌を打って続きを促す。


「オレはそれを受ける」
「…へえ」
「以上、一応お前には報告しといてやろうと思ってな」
「やだ大和田くん律儀ー」
「舐めてんのかゴラ」
「なに、イライラしてんの?ニコチン切れてるの?タバコいる?」
「何回も言ってっけど吸ってねーよ!!」
「私は吸うけどね」


そう言って私は制服の胸ポケットに手を突っ込み、そこでようやく昨日禁煙を始めたことを思い出した。胸ポケットには飴がいくつか入っており、とりあえず口寂しさにそれを一つ口に突っ込んでおく。そして一つ大和田くんに投げた。


「あげる」
「…貰ってやる」
「大和田くん甘党だもんねー」
「うるせェ」
「で、なんて言って欲しかったの?」
「は?」
「さっきからずっと不満げな顔してんじゃん」
「…」
「別に君が希望ヶ峰高校に行くのを誰も止めはしないよ、君ってどっからどう見たってイかれたクレイジー野郎だし、今までスカウトされなかった方がおかしかったんだから」
「喧嘩売ってんのか…ッ」
「まさか」


私は三個目の飴を口に放り込むと同時に噛み砕く。


「本来は大和田さんが座るべき椅子だったのかもしれないけど、ね」


そして陳腐な言葉のナイフを彼に突き刺した。私は大和田さんが希望ヶ峰にスカウトされていたことも、目の前の誰かさんのためにそれを蹴ったことを知っていた。それを隠していたことも、それを大和田くんが知っていて、そして知らないフリをしていたことも全て。
大和田くんは傷口を抉られたように顔をしかめ、私に掴みかかってくるかと思ったがそんなことはなく、いや、彼も昔に比べたら丸くなったな、と考えたところで思考停止。大和田くんの拳が綺麗に私の鳩尾に滑り込んだ。吐き気。腹痛。ついでに頭痛。げほげほとむせる私を見下し、大和田くんは表情を歪めた。


「…次ンなふざけたこと言いやがったらマジで殺す」
「ゲホッ、ッ、ふざけんな、」
「うるせェ黙ってろ」
「って言うかさぁ、女の腹殴るヤツがあるか死ねこのゴミクズ」
「テメェは女じゃねェよこのアバズレが」
「死ね」
「テメェが死ね」




モドル