「あ、それ、私と同じシャーペンだ」


果てしなく続くような沈黙を破ろうと私はそんなことを言ったんだと思う。
時は休日。現在私は石丸くんの部屋にいた。定期テスト前の勉強会である。石丸くんと私の二人だけだけど。本来だったら大和田くんに不二咲ちゃん、苗木くんも来るはずだったんだけどいきなり用事が出来たらしく今日は参加できないとのこと。じゃあ今回は無しにしようか、という私の提案はものの見事に苗木くんに論破された。その時から嫌な予感はしてたんだ。結果、的中。そもそもそこまで勉強が出来ない訳じゃない私と、優等生な石丸くんは黙々とテキストを解くだけだった。なんだこれ。なんだこの空間。それを打破しようと冒頭、頑張ってみたがそれは失敗したようだ。
はじめ鳩が豆鉄砲を打たれたような顔をした石丸くんは次にイタズラがバレた子供のような表情を浮かべ、最終的には泣き出してしまったのである。彼が分からない。


「えええ、何、石丸くんどうしたの」
「ぐ、違うんだ名字くん!誤解だッ!誤解なんだッ!!」
「は、え?」
「断じて!これは君が持っていたから買ったわけではないぞ!本当だ!さしあたって何件も店を梯子したりなんかするものか!!」
「な、何を?」
「いや、僕は…。…!!」
「…えーと、とりあえず、はい、ティッシュ」
「あ、ああ、すま、ない」


鼻をかむ石丸くんを横目に私はここからどうしたらいいんだと考える。まさかシャーペンで泣くなんて石丸くんの地雷はどこに埋まっているんだ。それにしても何件も梯子…?あ!もしかして石丸くんは私がこのシャーペンを使いやすそうにしてるのを見て思わず買ってしまったのか…!?なんとなく潔癖そうな石丸くんはそれで泣きそうだ!これが事件の全貌だね!なんて完璧な推理!流石私!ブラボー!!
自画自賛も含めこの間一秒。私はなんだか微笑ましい気分になり生暖かい微笑を石丸くんに向けた。


「うん!石丸くん、このシャーペンは梯子する価値あるよ!」
「は、ああ、そうだな…」
「私ももう一本欲しいと思ってたんだけどこれ買った店ではもう売ってなくて、石丸くんはそれどこで買ったの?」
「こ、購買だが」
「購買!?うわー、盲点だったー…」
「その、名字くん、君は…気持ち悪くは、ないのかね…?」
「大丈夫だって石丸くん!石丸くんは全然気持ち悪くないよ!正常!」
「きょ、兄弟には女々しいと言われたのだ。苗木くんには何かとてつもなく残念なものを見る目つきで見られたッ!!」
「えっ、苗木くんまで!?いやでも、ぜんぜん普通だと…私もやったことあるし…」
「き、君もやったことがあるのかねッ!?」


机を叩き勢い良く立ち上がった石丸くんは裏返った声で叫んだ。切羽詰まったようなその顔とあまりに読めない石丸くんに目を白黒させながら茫然と答える。


「あ、あるけど…」
「それは何時!!誰に!!!」
「えええ…、最近だと大神さんが…」
「お、大神くんだとおおおおおおお!!!???そんな馬鹿な!!よりによって大神くんだと…ッ!?」
「…ちょっと、大神さん馬鹿にしちゃ駄目だよ?すごい可愛い付箋とかメモ帳とか持ってるんだから!!」
「それと大神くんの私と同じものを欲しがることがどう関係すると言うんだね!!」
「どう関係ってそりゃあ…、えっ?」
「…え?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……とりあえず、初めから整理しようか」
「…うむ、そうだな…」


石丸くんは片手を付いて綺麗に正座して腕を組むと低く唸った。私もなんとなく正座し直して背筋を伸ばす。しかしすぐ力が抜けた。考えれば考えるほどによく分からない。


「そもそもなんでこんな話に…あ、そうか石丸くんが私と同じシャーペンを…」
「そうしたら君が普通だと、…自分もやったことがあると」
「実際普通だと思うんだけどなぁ、なんか人のものは良く見えちゃうっていうか、たまたま趣味が合っちゃったみたいな」
「………ん?」
「………え?」
「…すまない、…何故、君は人と同じものを買うことがあるのかね?」
「だから…、隣の芝生ってことじゃないけど…可愛いのだったら私も欲しいなぁってなる…よね、普通だよね…?」


さっきの喧騒が嘘みたいに沈黙が続く。すると突然、ぼんっ、と小さな破裂音がした。と、そう錯覚してもおかしくないほどに石丸くんが真っ赤になった。もう湯気が出てもおかしくないレベルだ。


「え、ええっ…」


何、どうしたの。そう続けようとしていたのかもしれない。しかしそれはやけに響く石丸くんの呟きに押し止められる。


「…では…君は…、……人と、同じものを揃えるのに…他意はないのだな?」
「た、他意って……、特には…」
「……………………………僕は、馬鹿か」
「え?」
「…ええいっ!!名字くん忘れてくれ!!!この部屋に来てからの何もかもを!!!忘れろ忘れろ忘れろ、忘れろビーーームッッッ!!!!!」


涙目の石丸くんは片手で顔を覆い、空いた片手で私の鼻先にずびしと人差し指を向けた。指の隙間から覗くその顔は綺麗にその瞳の色に染められている。石丸くん、色白いから赤いの目立つんだよなぁ、と私は混乱を極める頭の端でぼんやり考えた。


「色が白い…!?なんなんだねそれは褒めているのか!!?」


なんと口に出していたようだ。それに対して焦りの気持ちも沸かず、あ、はは、と乾いた笑いを浮かべることしかできない。完璧なる混乱状態だ。
石丸くんはあまりしないような乱暴な仕草で頭をガシガシと掻くと、はあ、と赤い顔でため息をついた。


「本当にすまない…。今日の勉強会はこれで解散…、でいいかね?」


語尾にハテナマークがついてる割には断定的な口調だった。私は何も考えず首を縦に振る。そしてそのまま何も考えず荷物を鞄に詰め、ふらふらと石丸くんの部屋をあとにした。お邪魔しました。いや…僕も失礼した。なんて会話をしたような気もする。やけに記憶が曖昧だ。
そんなこんなで私の部屋、バタリとドアが閉じた瞬間に私は深い溜息を吐いた。バックをベットの淵に投げ付け、脱力感のままにベットへ飛び込む。そしてそのまま目を瞑った。
石丸くん、一体どうしたんだろう。やっぱりシャーペンに地雷が…。私のこと嫌いとか…いや、それは無い…と思いたいけど。しかし、石丸くんよく泣くなぁ、疲れないのかな。これから会うときはティッシュとかハンカチ常備しとかないと。次会った時一応謝っておくべきかな。あ、ティッシュあげるとか。いや、それはイヤミか。それにしても一体どうしたんだ石丸くん……
……あー、ただ、石丸くんの赤面は、可愛かった。すごく可愛かった。正直キュンときた。いわゆる、ギャップ萌え、ってやつか。石丸くんやけに挙動不審だったし、私と同じシャーペン買ったのも、本当はもしかして…。


「…馬鹿な」


そんなことあるわけない。よりによってあの石丸くんなのだ。意図せず笑いが漏れる。あ、そんなことより、教科書とかちゃんと持ってきたかなぁ。私は脳内で意識的に話題をずらし、両足を上げて反動をつけるとごろりと起き上がった。ベットの横に転がっているバックを手探りでベットの上に持ち上げ中身を物色する。国語、数学、その他もろもろ、ファイルも大丈夫。うわ、筆箱の中身ぶちまけてんじゃん…。ちゃんと閉めて無かったんだなぁ…。
一旦すべての教科書類を取り出し、お菓子やらのゴミと一緒にそこに散らばった筆記用具を一つ一つ確認していく。そこでやっと気が付いた。


「あーあ、」


シャーペン、石丸くんの部屋に忘れてきちゃった。




モドル