今日の名字くんはおかしい。そう石丸は思う。いつもはすらすらと走らせているシャーペンは握ったまま全く動いていないし、そもそも黒板を見てすらいなかった。窓の外をぼんやりと眺めるその物憂げな雰囲気に視線が泳ぐ。どうしたのだろうか。
そうこうしているうちに授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、石丸は慌てて途中だった板書に手を掛けた。先生の気怠げな声にきちんと起立、礼を済ます。それからちらりと視線を名字に移す。名字はさっきと同じ、窓の外を見てため息を付いていた。
これは、風紀委員である僕の出番かもしれない。ごくりと生唾を呑み、どことなく緊張した面もちの石丸は自分ではそれに気付くこともなく、つかつかと名字の席の横に立った。


「名字くん、今日は一体どうしたと言うのかね?全く君らしくもない!分かっていると思うが窓の外ばかり見ていても板書は出来ないぞッ!!」
「……」
「名字くん!!!!」
「へっ!?何って、石丸くんか…どうしたの一体」
「それはこちらの台詞だ!今日の君はぼんやりとしていて全く授業に身が入っていなかったではないか!!」
「えー…、そ、そうかな?」
「うむ!心ここにあらず、その様子と言ったら四時限終了間際の桑田君のようであったぞ!まあ、彼ほどそわそわはしていなかったがな!して名字くん、一体その原因はなんだと言うのかね?僕で良ければその問題解決に力を貸そう!!生徒がちゃんと授業に集中出来るように場を整えるのも風紀委員の役目なのだからなッ!!」


そう言い石丸は高らかに笑う。名字は苦笑いを浮かべ、それから気まずそうに視線をつま先に落とした。そして、ぽつりと、近くにいた石丸がギリギリで聞き取れた声量で、


「…だって初めて、好きな人が出来たから…」


独り言のつもりだったのだろう。すこし間を挟むと名字はハッとして、「き、聞こえて…ないよね?」と恐る恐る石丸の顔を覗きこんだ。
一方、石丸の脳内は混乱と動揺で激しくかき乱されていた。
すきなひとができた。僕の聞き間違えでなければ確かに名字くんはそう言った。そしてそれは僕の間違いでなければ、名字くんには好意を寄せる異性が出来たという意味だ。そんな、馬鹿な。目眩がする。そんな素振り、全く無かった。それに、もしそうならば不純異性交遊ではないか。風紀委員としては注意しなければ。でも、まさか名字くんが、もしかしてからかわれているのか?いや、そんな風には見えない。見えないからこそ、嗚呼、なんだ、意味が分からない、どうすれば、
何も言わず、ぴくりともしない石丸に、怒ったのかとビクビクしていた名字もあまりにもその沈黙が続くので、不思議そうな顔をして石丸を見上げた。その直後、まるで紐が切れた人形のように、ふらあ、と石丸の身体が傾いた。名字が目を見開く。どうやら全く追い付かない情報処理に脳が強制終了のボタンを押してしまったようだ。不測の事態に滅法弱い男である。周りにあった椅子や机を巻き込み倒れ込むとそのまま石丸は失神した。




モドル