「ねえ、十神くん、生きてるって本当につまらないことだよね」


名字が投げかけた言葉は確かに十神に届いていた。しかし十神はそれに返事をすることも読んでいる本から目を離すこともない。いつものことだ。名字は続ける。


「十神くんはさぁ、所謂生きてる意味とかってあると思う?私は無いと思うよ。まあ、だからって死んじゃって良いわけじゃないと思うけどね」
「…」
「私多分この学校で、このみんなと出会ってなかったらもう死んでたかもしれないな。そんな仮定の話は誰にも分かんないけどさ、最近妙にそう思うんだよね」
「…」
「だから、私の生きてきた意味、なんてやつはこんなところに転がってたのかもしれないな」
「…いい加減にしろ」


普段通り、人を威圧するように十神は言い放った。相変わらず本から目を離してはいないが、これは大きな進歩だ。名字の口角がにんまりと上がった。


「嬉しい、やっと返事してくれたね」
「…俺への当てつけか」
「とんでもない」
「大人しく成仏でもしとけ、愚図が」
「自殺者の霊って天国へ行けないらしいんだ」
「なら消え失せろ」
「そんなの出来たらとっくにやってるよ」


名字はなんてことないように言うと、あ、と驚きに顔を染めた。


「私って自殺だったんだ…」
「…」
「うわぁ、恥ずかし、どうしよう、なんか生きる意味とか語っちゃった、もう死んでるのに」
「…」
「十神くん、聞いてもいい?私さ、どんな風に死んだの?」
「…」
「十神くーん」
「…」
「無視しないでよ」
「…」
「まさか…死ん、でる…!?」
「投身自殺だ」


お前はこの希望ヶ峰の校舎から飛び降りて死んだ。十神はそう続けた。その声は彼らしくなく掠れていて、まるで絞り出しているかのようだった。顔に浮かべた苦悶の顔もおおよそ彼らしくなくない。違和感しかないその光景に名字は首をひねった。


「へぇ、なるほど。まあ私、死ぬ前に一度は紐無しバンジーしたいって思ってたし、妥当かな」
「…お前は自分の死に目を人に見せたいと思っていたのか?」
「いや、どうせなら行方不明生存不明ーって感じで死んでみたいな」
「お前は、俺の目の前でそこの窓から飛び降りた」
「…うわお」
「打ち所が悪く、即死だったそうだ」
「…えーと、なんていうか…ごめん」
「答えろ名字、お前は何故あんなことをしたんだ」
「やばい私いたいけな青少年に一生消えない心の傷を負わしてしまったのかも。私のせいでこんなに十神くんはひん曲がってしまったのか」
「…名字!」
「そんな怒んないでよ、今考えてんだから」


名字は腕を組み、わざとらしく悩んでいるフリをしてみせた。そしてしばらくの沈黙のあと、あ、とわざとらしくこぼし十神に顔を向けた。その能天気な顔に十神の顔が歪む。二人の表情はまるで真逆だった。


「なんとなく分かった」
「…言え」
「私の死を持って、十神くんをカンペキに私のものにしたかったんだよ」


名字は冗談めくそう言うと、いつも通りの軽さでケラケラと笑って消えた。笑い声の余韻も彼女の影形もこの教室には残っていない。十神は視線を再び本に落とすが、全く内容が頭に入ってこなかった。思わず悪態をつく。その声は閑散とした教室に吸い込まれていった。胸でくすぶる苦い思いの、その根底にあるのは、恋心に昇華出来なかった淡い淡い思いであることなんて、十神は気付くことも出来なかったのである。




モドル