「なあ、お前は本当に、人間のゴミみたいなやつだな」
昔、私には好きな人がいた。真面目で誠実な人だった。秩序を守り、規律を正し、なによりも、努力を重んじる人だった。私はその、彼の暑苦しくも真っ直ぐなところに惹かれたのだと思う。私は彼を石丸くん、と呼んだ。
私は視線を落とした。ソレは手錠や縄やエトセトラエトセトラで両手両足を拘束され、冷たい床の上に転がっている。その姿と言ったら、まるで芋虫のようだ。なんとなく、私はソレの脇腹を蹴り上げた。汚い悲鳴があがる。
「あッ、すまないぃっ、僕はゴミだッ、すまないッ、」
「喘ぐな、気色の悪い」
全力で鳩尾を踏みつけ、踵をねじり込むと、ソレは涎を垂らして悶絶する。ただ、その顔は恍惚にまみれていて、性の匂いがした。それがとても、不快だ。
私の好きだった石丸くんは、その中にとんでもないばけものを飼っていた。彼の人物像にそぐわない、汚くて気持ち悪くて、信じられない欲求と性癖。普通、そういうことを知ったら、それごとその人を愛すか、その人ごとそれを切り捨てるか、二つに一つだと思う。だが、私はその両方をしなかった。石丸くんを執拗に愛し、ソレを徹底的に蔑んだ。石丸くんと、ソレを全く別のものとして考えた。だって、学校で見る石丸くんは、ずっと潔癖で完璧で私の好きな石丸くんだったから。彼を汚すものは、例え彼であっても許せなかった。
だから、これは自傷行為だ。
けして二人が合意の上で行われる、一種の倒錯プレイじゃない。石丸くんを虐げるたびに引き裂かれるような痛みを感じながら、石丸くんの皮を被ったソレがどうしようもない変態だと自分に思い知らせることで自分を自分で虐げている、独りよがりな自傷行為だ。意味はない。生産性も、愛もない。ただ、この痛みを感じるごとに私はまだ、石丸くんを愛しているんだと思える。このクズはその愛を確かめるための道具だ。リストカットで言えばカミソリ。切れ味が悪くなったらすぐに捨てる。
ただ、果たして私に石丸くんを愛さなくなる時が来るのか。
「私、」
「ゴホッ、なんだね?」
「…私、石丸くんのことが好きだよ。多分、ずっとずっと、死ぬまで大好きだよ。だから、お前のことは絶対に許さない」
彼は複雑そうな顔をして、少し口を動かすと、結局何も言わなかった。


(自傷自慰)




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2013.11.29~2013.12.06

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