僕が希望ヶ峰に入学する前、もっと言えば、普通の高校で普通の学校生活を送っていた頃の話。そこの高校には、超高校級の才能は持っていないものの、成績優秀頭脳明晰な一人の女子生徒がいた。しかしそのわりに品行は悪く、僕は彼女をあまり好ましく思っていなかった。
昼休みのことだった。窓際で、少し派手目な女子グループが机をくっつけ昼食をとっていた。そのグループの中では唯一の黒髪を揺らし、彼女はくすくす笑っていた。彼女の仕草には、育ちの良さを感じる品があった。
「ねぇねぇ、アンタって好きな人いんの?っていうか好きなタイプとかある?」
リーダー格の一人が切り出した。その言葉に周りも同調し、興味津々、といった目で彼女を見つめる。彼女たちは影で、彼女を気取ってる何考えてるか分かんないヤツ、となじっていたのを僕は知っていた。
少し考えたあと、彼女はこう言った。
「んー、好きなタイプは無いけど、嫌いなタイプなら」
えー、なにそれ、とリーダー格が笑い、周りが同調し、笑う。今思い出したが、そういえば、彼女はこんなときいつも笑っていなかった。ただ、少し困ったような顔をしていた。そう記憶している。そんなことが、彼女が嫌われる要因の一つだったのかもしれない。
彼女は自分の嫌いなタイプを一つ一つ上げていく。いつしか、僕は彼女の言葉が、一人の人間を指していることに気が付いた。
「で、風紀委員会とか入っちゃってる」
それってあの…、一人が漏らし、ちらちらと彼女たちが僕の方を見る。その口からは押し殺した薄ら声が漏れていた。と思う。記憶が定かではない。それほど僕は酷く動揺していた。ただ、あの時の彼女はいつにもまして、ひどくつまらなそうな顔をしていた。それだけは鮮明に覚えている。


少し話は飛んで、卒業式の日。その日に、僕は彼女に呼び出されていた。と、言っても、あれから僕と彼女の仲が深まった、と言うことはなく、むしろ多少の気まずさと距離感を持って接していた。だからこそ、彼女から呼び出しを受けた時は嫌な緊張しか覚えなかった。校舎の裏は日の光が届かず陰鬱としていて、人が近寄ろうとしない。そこに彼女は立っていた。僕が彼女に声をかけようとした時、彼女が振り返った。その瞬間、時が止まったような錯覚を覚えた。振り返る彼女の髪が靡き、どこからか桜が舞った。噛み合うように、視線が重なる。
「私のこと、忘れないでね」
彼女は言った。僕のことをじっと見つめる瞳は澄んでいて、吸い込まれてしまいそうだと思った。僕は何と返事をしたか、それは覚えていない。ただ、口の中がカラカラで、言葉がつっかえてよく出てこなかった。僕が返事を終えた時には、彼女はいつものつまらなそうな顔に戻っていて、それからすぐに帰ってしまった。結局彼女は、″忘れないで″と一言僕に言っただけだった。それ以外は何も。残された僕は一人人気の無い校舎裏に立ち尽くし、日も傾き始めた頃くしゃみをしてようやく我に帰り、せかせかと家へと向かった。


それからしばらく、僕は希望ヶ峰学園に入学した。そしてようやく学校にも馴染んできた頃、彼女が死んだと、風の噂で知った。死因は分からなかったが、彼女の家庭環境は最悪だったらしく、それが原因で引き起こされた事故だったらしい。
彼女の言葉の意味が、今になってようやく分かったような気がした。彼女は僕に助けを求めていたのだ。あの時も、あの時も!何故僕はそれに気付けなかったのか、と考えたところで、僕は初めて、自分の気持ちを自覚した。
彼女が僕に残した爪痕は、これからも僕を苦しめ続ける。それが何故だかひどく、
大切で、愛おしいことだと思えた。例えいつか他の人を愛することになったとしても、生涯、僕が彼女を忘れることはないだろう。


(人はそれを呪いと呼ぶ)




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2013.11.29~2013.12.06

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