「馬鹿みたい」 今日の五時限目はプール掃除である。午後二時、太陽はギラギラと輝き、蝉は死に物狂いで鳴く。蒸し暑い上、塩素臭い。辟易する。暑い暑い暑い。 「コラ君ッ!!掃除をサボるんじゃあないッ!!!」 その声にゆっくりと顔を上げると、石丸くんが立っていた。逆光が眩しくて思わず目を細める。石丸くんは短パンの体操着を更にめくり、普段あまり露出しない足をガッツリ出していた。健康的みたいな中身と格好をしているが、体操着を押し上げる二つの起伏は大きく、太股は眩しいくらい白い。そのアンバランスさがかえっていやらしいと、彼女は気付いているのだろうか。 「話を聞いているのかッ!!!」 「ああ、うん。あ、石丸くん。今日はちゃんと日焼け止め塗ってきた?」 「う、うむ。今日は君の助言通りちゃんと塗ってきた…」 「ならいいんだけどさぁ、石丸くん、焼けると火傷みたいになるし、せっかく白いんだからちゃんと塗っといた方がいいよ」 「ありがとう。これからも気を付けよう!…ではなくてだな!!!」 「ハイハイ、しますー。言われなくてもしますー。全く、石丸くんはうるさいなぁ。やりますやりますってー」 「全く、君ってやつは…」 それからしばらく、無言で掃除をした。石丸くんは無言で私を見つめている。監視されているのかと思ったが、不意に石丸くんは 「何故君は、僕のことをくん付けで呼ぶのだ?」 と呟いた。視線を移すと、石丸くんは深刻そうな顔をしている。 「昨晩考えたのだ。何故君が僕をくん付けで呼ぶのか…、ズバリ!!僕がくん付けで君を呼ぶからだろう!!そうなのだろう!!!」 「いや、違うけど」 「ぐッ!!今のが本命だったのだが…。では、なんだ?君はみんなくん付けで呼ぶわけではないだろう…。女子では僕だけだ。信頼の証とか…、違うな。やはり、僕があまりに女らしくないから、」 「それは絶対に違うから。今の石丸くんは、ちゃんと恋する女の子だからね!」 「こ、声が大きいッ!!誰かに聞かれたら…!!」 きょろきょろ辺りを見回す石丸くんの視線が、ある一点で止まった。その先を目で追うと、大和田くんがいた。男子たちとホースから水を掛けたり、モップを振り回したりして遊んでいる。無邪気な笑顔、とか言うんだろうか。石丸くんに視線を移す。その横顔は、どこからどう見ても、 「…注意、してきた方がいいんじゃない?」 「! そッ、それはそうだな…ッ!!言ってくる!!」 石丸くんは勇ましく眉を吊り上げると、一切の躊躇無しにはしゃぎまわる男子たちの真ん中に突っ込んでいった。男子たちがうんざりとした顔をする。するとすぐに石丸係のレッテルを貼られた大和田くんが───そこまで見たところで私は視線を外した。 私は、石丸くんの恋を応援したい。誰よりも幸せになってほしい。そんでもって結婚式には呼んでほしい。泣きながら最高のスピーチをしてやる。石丸くんは最高の友達で、親友で、一番大切な人だ。 だからこそ、さっきの石丸くんの問いに私が答えることはない。 「…馬鹿みたい」 私の告白は蝉の声に掻き消え、あの時と何も変わらない、暑苦しい季節に溶けていった。 (転生したら彼が彼女になっていました) |