好きな人を食べてしまいたいって、そう思うのって全然変じゃないですよね。私にもその願望があったと思います。なので彼がちゃんと食用に加工されて私たちの目の前に出てきた時、私は思ったのです。これを、食べなければいけない、と。
「と言うわけで、私は紋土くんの成れの果てを手に入れました。今日食べられなかったら悪くならないように冷凍庫に入れておくようになりますが、皆さんは食べないでくださいね」
そう、食堂にいる面々に告げるとみんなは悪夢を見たような顔をして私を見ます。
「勘違いしないでください。私がモノクマに交渉に行ったとき、モノクマはそれを食べようとしていたのです。アレは、死者への侮辱に他ならないと、そう思いませんか?」
「実際、オメーがしても死者へのブジョクだべ」
「私がすることは死者への弔いです。それに、モノクマからこれを受け取る条件として、私はこれを全て食べると約束しました」
「だ、だからって、ソレを、」
苗木くんはちらりと、大和田くんのパッケージが描かれているバターを見ました。
「ソレを食べていい、と僕は思えない。死者への侮辱とか、そういうのは分からないけど…、そんなの、絶対に駄目だよ」
「約束は約束な以上、校則違反とは言えないわ。ペナルティーがあったとして、死ぬまでのことは無いはずよ。今すぐそれを焼却炉に燃やしに行きましょう」
「…」
私はなにか呟きましたが、言葉になりませんでした。
「私は、大和田くんを、食べます。食べさせてください。許さなくていいんです。勝手に私が食べます。食べます。絶対に、」
そう、言い切った時、霧切さんの表情が変わりました。鉄仮面から、苦虫を千匹噛み殺したような、諦めのそれに。
「…皆さんは、気分が悪くなってしまうでしょう。部屋で食べます。失礼しました。お休みなさい」
そう言って、私は大和田くんの成れの果てを抱えて食堂を出ようとした時、私はようやく彼の存在を見つけました。彼は虚ろな瞳で私の方を見ています。私が持つバターを見ています。それを通した向こうに、大和田くんを見ています。
「…あなたも、食べますか?」
思わず、私は尋ねていました。本当に思わず。さっきまでは一人で処理してしまうつもりだったのに。その言葉が石丸くんに届いたかは分かりません。ただ、石丸くんはその乾いた唇を少しだけ動かしました。きょうだい、と。
気が付けば、私は石丸くんの腕を掴み、自分の部屋へと連れ込んでいました。私の部屋には私物がありません。この前全て燃やしました。それなのに酷く乱雑に感じるのは私が暴れた痕跡でしょうか。記憶にありません。石丸くんはぼんやりと私のベットに座っています。私は手にあるそれに視線を移して、そう言えば、バターナイフしか持ってきてなかったことを思い出します。今更食堂には戻れそうもなく、これで食べるしかありません。私はとりあえず、蓋を開け、バターナイフでバターを掬いました。それをそのまま、ぱくり。バターの味が口の中いっぱいに広がって、大和田くんの匂いが鼻から抜けていきました。あ、大和田くん、死んじゃったんだなぁ。あれだけ泣いたのに、涙って枯れないものですね。私は袖で次から次へ溢れる涙を拭い、またバターを掬いました。そして石丸くんに視線を移します。石丸くんは真っ青な顔をして、大粒の涙を流して泣いていました。でも、涙を拭う様子もみえません。まるで目から塩辛い液体を排出するための機械のようでした。ふと、私の心に愛しいような突き刺すような、被害者意識の共感と同情が生まれます。私が無言でバターナイフを差し出すと、石丸くんの瞳がゆっくり動きました。そしてソレをその瞳に映すと、ゆっくり口を開きました。私はバターを、石丸くんの口に運びます。その手が震えているのは見ないフリをします。そうして石丸くんが更に青くなった顔でゆっくりバターを食べると、また、私はバターを掬い、食べて、またバターを掬い、今度は石丸くんに食べさせて、またバターを掬い、食べて、またバターを掬い、今度は石丸くんに食べさせて、またバターを掬い、食べて、またバターを掬い、今度は石丸くんに食べさせて、を、大和田くんが無くなるまで繰り返しました。
やっと食べ終える頃には、泣きすぎて目の奥が痛くて、バターを食べすぎたことによる、酷い胸やけがしました。頭が揺らされたようにぐわんぐわんします。私は無意識にお腹の上に手を置きました。私の中に大和田くんが。そう思うと、酷い吐き気と、涙が出るような悲しみと、落ちるような喪失感がしました。この感情に名前を付けるなら、それはきっと、絶望、に、他ならないのでしょうね。それなのにこんな愛しい気持ちになるのは何故でしょうか。私は頭がおかしくなってしまったのでしょうか。
ねえ大和田くん、おしえてよ。


君が食べれば無塩バターも有塩バターに☆彡
実際石丸くんって大和田バターがあったら食べるんでしょうか。それだけ気になります。


大和田バターを石丸と食べる
20131206