「君は…、馬鹿だな」
石丸くんは本当に呆れたような口調で言う。私にはそれが、見捨てられるんじゃないか、という不安の一要素にしかならず、顔を頷かせた。私の顔なんて、石丸くんも見たくないだろう。
「また、くだらないことを考えているな」
「…別に」
「君は、腐川くんと同じぐらい、たちが悪いな。いや、君の方が悪いかもしれない。何故なら、君は表面上、全く普通の人間を演じきっているからだ。…辛くはないのかね?」
「別に」
「君はその笑顔の裏に並々ならぬ猜疑心を抱えている。みんなは気付かないだろう。君の笑顔は完璧だ」
「別に」
「ああ、君のことだから、みんながそれを見透かした上で自分を馬鹿にしているんじゃないか、と思っているかもしれないな」
「別に」
「それは大きな間違いだ。さっきも言った通り、君の笑顔は完璧だ。だからこそ、みんな、本当の君に気付かない…」
石丸くんは私を見る。目を合わせると、逸らせなくなりそうなので、止める。
「僕の為に生きてくれないか」
随分情熱的な、プロポーズとも取れる言葉だった。私は断ろうと思う。石丸くんの言葉を疑っているわけではない。理由は単純な、私への猜疑心だ。今、私が彼を好きでいる気持ちが、一年後も十年後も続いているという保証は無いのである。それがひどく恐ろしい。そうなって、彼と別れることになったとして、悲しい思いをさせて、それまでの付き合った時間を無駄にさせてしまうなら、初めから何もない方が、まだましに決まってる。よし、断ろう。石丸くんはいい人だ。この地球上には探せば、少なくとも私ではない、彼に最もふさわしい人がいるに決まってる。その機会を奪ってしまうのも忍びない。
「言っておくが、僕のためを思って、とか、そんなくだらない理由で断ろうとしているなら止めてほしい。大変不愉快だ。僕は君の、くだらない後付けなんかに興味は無い。本心だけ、聞かせてくれ。好きか嫌いか。二択だ。そして、もし僕の幸せを願うなら、好きだと言ってくれ。これから先、とても君以外を愛せそうにないのだ」
こういう時、私の涙腺は泣くように出来ていない。




石丸とめんどくさい女
20131113