小説 | ナノ

どんよりとした気分で店の扉をくぐり抜ければ、外は正に俺の心を表すかの様な大雨に見舞われていた。
うげ、と、隣に佇む臨也があからさまに嫌な顔をする。

何故だ。何故雨は止んでいない。
このままでは折角予定したイルミネーションを見ながらプロポーズと言う、何ともロマンティックなシチュエーションが見事に水の泡になってしまうではないか。
此処まで散々な目に合って来たのだ、終わり良ければ全て良し。最後ぐらいは格好良く、臨也をドキリとさせるシチュエーションを何としてでも作りたい。
ともなれば、やはりイルミネーションを見ながらプロポーズすると言う、この在り来りながらもロマン溢れるプランを諦める訳には行かないのだ。
やるぞ、俺はやるぞ。そう決意を固め、俺は深く息を吸い込んだ。

「のっ、ノミ蟲!」

「…何?」

「あの、よ、今からイルミネーションでも見に行かねぇか?ほら、折角のデートだしな!うん、それが良い。そうしようぜ!」

とにかくこのノミ蟲をイルミネーションの並木道まで誘導することを決心した俺は、しどろもどろになりつつも、半ば強引に奴を連れだそうとした訳なのだが、今日と言う今日はとことんついていないらしい。
俺の言葉にあからさまに表情を歪めたノミ蟲は、呆れた表情で肩を竦めた。

「あのさぁ、流石にこんな大雨の中イルミネーションなんて見る気になれないんだけど」

「いや、でもよ、」

「大体、別に俺も君もイルミネーションなんかに興味を示すタイプじゃないだろ?」

「いや、それは…」

「何か、今日のシズちゃん、変だよ?」

変だよ、と言う臨也の声が見事に脳内でリフレインする。
この様子ではイルミネーションなんて到底無理だ。
始まりも悪ければ終わりも悪いなんて、どうしてこんな時に限って物事は上手く行ってくれないのだろうか。
それよりもプロポーズはどうするべきなんだ?
天候もダメ、料理もダメ、イルミネーションもダメ、此処まで失敗続きで果たしてプロポーズなんて上手くいくのだろうか。
いや、いく訳がない。
ならば此処でプロポーズは諦めるべきなのか?
それで良いのか平和島静雄。

「ねぇ…ねぇってば、シズちゃん?」

諦めるべきか、もうプランもロマンも恥も捨てて、がむしゃらにプロポーズするべきか。
ぐるぐると精神の間で戸惑いながら、動揺を押さえる様にポケットに手を入れれば、こつんと固い物に指がぶつかる。
俺が臨也の為に購入した結婚指輪だった。
そうだ、まだ望はあるじゃないか。まだプロポーズすらしていないと言うのに、一体俺は何を諦めようとしていたのだろうか。
俺は、馬鹿だ。

「い、いいいいい臨也ぁ!」

「うわぁっ!?なっ、何!?」

ポケットに入れた手に、しっかりと指輪の入ったケースを握りしめ、腹の底から搾り出すようにしてノミ蟲の名前を呼んだ。
ゆっくりとポケットから手を引き抜き、そして奴の目の前に膝をついた俺は、震える手でそっと、指輪のケースを開いた。

「お、俺と、俺と結婚しやがれ!」

「は、…え?」

ポカーンと間の抜けた表情で俺を見つめる臨也に、俺の緊張は極限まで高まっていた。
しん、と静まり返った空気が痛い。バクバクと心臓が張り裂けそうな中、ふと臨也が納得したように「ふうん?」と呟いた。

「あぁ、成る程ねぇ。道理でこんな雨の中デートに誘って、高いレストラン予約して、挙げ句興味も無い癖にイルミネーションなんて見に行こうとしてたのか」

そう言うノミ蟲の顔は、それはもう頭に来るほど爽やかな笑顔だった。
指輪を突き出したままだった両手がふるふると震える。未だに手の中の指輪は受け取って貰えないままだ。

「どうせ何時ぞやのテレビ番組に感化されたんだろ?シズちゃんってほんと単純だよねぇ。」

第一男同士で結婚出来ないって知ってる?
これだから単細胞って困るよねぇ、と、その後もぐだぐだとノミ蟲の厭味は続いた。
そろそろ、俺も限界だったのだ。突き出した腕が疲れてぷるぷるするし、憎たらしいノミ蟲の厭味に対して脳の血管が悲鳴を上げていたし、何よりイエスなのかノーなのか、プロポーズに対する答えがハッキリしない事にも腹が立った。

もう我慢の限界だ、と、厭味を大人しく聞いていた俺が勢い良く顔を上げると同時に、ひょいと箱から指輪が取り出された。

「プロポーズにしては残念過ぎるシチュエーションだし、指輪もそんなに高価な物ではなさそうだけど、サイズだけは何故かピッタリみたいだし?仕方ないから誓ってあげるよ…永遠の愛ってやつを」

そっと左手の薬指に指輪を嵌めた臨也が、何処か照れたように微笑んだその瞬間、ガツンと大きな衝撃が頭を横殴りにした。
此処まで最悪のシチュエーションの中でのプロポーズを、あのノミ蟲が受けてくれたのだ。
今まで張り詰めていた緊張の糸がブツリと切れ、穏やかな安堵が胸に広がる。
それと同時に、温かな雫が俺の頬を濡らした。







「で、プロポーズどうだった?臨也、嬉しくて泣いちゃったんじゃないの?何だかんだ行って彼は静雄にゾッコンだからね」

「あーいや、うん、泣いた。俺が」

「は?え、どう言う事だい?」

後日、プロポーズが無事成功した報告をするため岸谷家に伺った俺が、新羅と二人そんなやり取りをしたのは、また別の話である。




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久々に短編を書こうとしたら物凄く長くなりました。
本当は最後のやり取りを書きたかっただけなのですが…上手いこと纏められませんでした。
すみませ…!

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