小説 | ナノ

レストランに着いてからの流れは比較的スムーズだった。予め予約しておいたそこそこ高いコース料理を待つ間、キョロキョロと落ち着き無く辺りを見回す俺を臨也が馬鹿にした事以外は割と順調である。
このレストランはトムさんチョイスの小洒落た店である。何て言ってもトムさんが落としたい女を必ず連れて来ると言うくらいなのだから、きっと間違いは無いはずなのだ。

運ばれてきたシャンパンを、ウェイターがグラスに注ぎ、去っていく。
ガチガチに緊張しながらも取り敢えず乾杯を交わし、口にしたシャンパンの味は良く分からなかった。

「何て言うか…いかにも安物って感じの味だよね」

「は?」

「あぁ、普段シャンパンなんて高価なもの飲めないシズちゃんに言っても分かんないか。ごめんね?」

安物の味だと言い、俺を揶揄する臨也にピクピクとこめかみが痙攣しかけたが、それを寸でのところで押し止める。今までの順調な流れが一瞬にして消え去った気がした。
奴の安物と言ったシャンパンは一万円程の、俺にとっては非常に高価な飲み物だった訳なのだが、元より俺とは金銭感覚の違うコイツにとっては、非常にちんけな飲み物だったのかも知れなかった。
これは失敗したかも知れないと言う俺の予想に見事に答えるかの様に、その後に出てきた料理は余り美味いと感じれる物では無かった。

「美味しくない」

「…何か、悪い」

「いや、別に謝られても困るんだけどさ、これなら家でのんびり食べた方が良かったかもね」

もう返す言葉すら見つからなかった。
ここの料理を食べて思い知ったことは、コイツと付き合ってから俺の舌が随分と肥えたと言う事実であった。ノミ蟲はこう見えて、無駄に料理が上手い。
少なくともここの料理よりかは断然に美味いものを作るのだ、この男は。

ここの料理も、一般的に言えばそこそこ美味い筈だとは思うのだが、如何せんノミ蟲の作る手料理をしょっちゅう口にする俺にとっては、格別美味いと思える味では無かったのである。

まずい、これはまずい。
待ち合わせ早々の土砂降りに重ね、安物と揶揄されたシャンパン、そしてイマイチの料理。
これはまずいだろう、平和島静雄。
いや、落ち着け、取り敢えず落ち着くんだ。

「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

「あぁ、うん。いってらっしゃい」

ふらふらとトイレに駆け込み、個室に篭った俺はポケットにしまい込んでいた婚約指輪をそっと取り出した。
この指輪も、いかにも安物だと馬鹿にされるのだろうか。踏んだり蹴ったりな此処までの過程を思い出し、深く溜息をつく。
どうしてこうも上手く行かないのだろうか。大事な時に限ってこう上手く行かないとなると、何だかプロポーズも断られてしまいそうな気がして、一気に俺の気分がどん底まで沈んで行くのを感じた。

もうこうなったら最後のイルミネーションにかけるしかない。
クリスマスが来月に迫っているということもあって、町はイルミネーションで彩られているのだ。
新羅や門田にアドバイスを貰った通り、あそこでプロポーズすればきっと全てが上手く行く筈だ。あの糞ノミ蟲だって、きっと嬉しくて思わず泣いてしまうだろう。

そう自分に言い聞かせ、ボルテージを上げた俺は、意を決してトイレを後にするのであった。
さぁ、さっさと会計を済ませてイルミネーションを見に行くぞ。そしてノミ蟲にプロポーズをするのだ、と、改めて意気込みつつ席へと戻る俺の目の前に、信じられない光景が広がったのであった。
なんと、あろうことかノミ蟲が会計を済ませていたのであった。
予想外の、まさかの展開に俺の目の前が真っ白になる。

「あ、シズちゃんお帰り」

「手前、な、何して…」

「え?何って…会計済ませてただけだけど?」

「馬鹿、俺が連れてきたんだから俺が払うとこだろうが!」

「え、何、何で俺怒られてんの?てか、シズちゃんお金無いのに五万なんて払える訳ないじゃん。馬鹿なのはそっちでしょ?」

グサリとノミ蟲の言葉が胸に突き刺さった。何から何まで踏んだり蹴ったりである。確かに俺は安月給だし、五万と言えば家賃に相当するほどの、非常に高価な金額だ。だがしかし、この日のためにコツコツと金を貯めて来た俺の財布には、ちゃんと代金を支払えるだけの金額が入っていたのである。責めて会計ぐらい俺が持たなければ余計に格好が着かない訳なのだが、もう後の祭りだった。
こんな事ならトイレになんて行かなければ良かった、と、数分前の自分を批難したい気持ちでいっぱいになったが、こんなところでくよくよしても仕方が無い。

とにかく、俺が取り付く島は最早最後の頼みであるイルミネーションしか残されていないのだ。
もうそれに賭けるしかないのである。
下らない口論により、一層機嫌を悪くしてしまった臨也を何とか宥めつつ、一先ず俺達は店を後にした。



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