小説 | ナノ


事の発端は可愛くて憎たらしい恋人の「でも、俺達結婚出来ないしね」なんて言う些細な一言だった。
この日本という国では同性愛は認められておらず、殺し合い時々愛し合いなんて言う、少し普通のカップルとは掛け離れた恋愛をしている俺達は法律上確かに結婚出来ない訳なのだが、何だか俺は納得が行かなかった。

別に臨也も結婚出来ない事が不満だとか納得行かないとか、それを理由に卑屈になっている訳ではない。
あの何気ない一言だって、二人してだらだら見ていた「ウェディング特集」なんて言う、奴にとっては下らないテレビ番組に対する率直なコメントに過ぎなかったはずだ。
つまりあのノミ蟲は、結婚出来ない自分達にとっては実に下らない番組だと言いたかっただけだと思う。
だがしかし、割と感動ものに弱い俺は、あの番組にジンと心を打たれた訳なのである。

そして俺はふと思った。あのノミ蟲だってプロポーズされれば嬉しいはずだ、と。
確かに結婚は出来ないが、まね事ぐらいは許されるだろう。周りに認められなくとも、結婚式を上げることが叶わなくとも、永遠の愛を誓うこと自体は個人の自由なのだ。
こうして俺のプロポーズ大作戦は幕を開けたのである。

準備期間は四ヶ月という長きにわたるものだった。
まず困ったのが指輪だ。
プロポーズに指輪は付き物である。それが単なるセオリーだとしても、やはりそれはプロポーズには無くては成らないものなのだ。
そこら辺で売っている安物の指輪であのノミ蟲が喜ぶとは到底思えなかった俺は、四ヶ月の間成るべく食費を抑え、更には俺にとって無くては成らないタバコも極力本数を減らし、とにかく節約した。
途中空腹で倒れそうになったり、トムさんに心配されたりを繰り返しつつも何とか纏まった金を手にした俺は、ブライダルショップで結婚指輪を購入したのである。
並べられていた物の中で比較的安い物しか購入出来なかった訳ではあるのだが、俺にしてみれば良くやった方である。何と言っても給料三ヶ月分相当なのだ。三ヶ月分と言うのがこれまたセオリー通りな気もしたが、そんなことはどうでも良かった。

次に必要なのはムードとシチュエーションだ。
俺にとって頼れる人脈と言う人脈全てに相談を持ち掛け、そこそこ高いレストランを予約し、プロポーズに打ってつけのイルミネーションの綺麗な、ムード満点の場所も発掘した。
流れとしては夕方から二人で食事に行き、そこそこ高い料理を食べ、そこそこ高いシャンパンを開け、ほろ酔い気分で散歩がてらイルミネーションを見に行く。

そして奴の手をそっと取り、購入した給料三ヶ月分の指輪を嵌めてやり、こう言うのだ。

「…土砂降り、だな」

プロポーズ大作戦と名を打った計画実行当日、都内は記録的な大雨に包まれていた。
俺は馬鹿だ。
どうして当日の天気予報をチェックしなかったのかと自分を罵り倒したくて仕方なかった。
そこそこの店に行くと言うこともあり、一張羅の安物のスーツに見を包んだ俺は、部屋の玄関を開けたところで酷くうなだれたのである。
それでも待ち合わせをした以上遅れる訳には行かないと、電車に乗り込み新宿西口へと向かった訳なのだが、既に到着していた臨也の機嫌は余り宜しくなさそうであった。

「そんなの見りゃ分かるよ。って言うかさ、どうしちゃったわけ?スーツなんか着て、気持ち悪いよ」

「手前…っ、いや、たまには良いだろうが、こういうのも。おら、あんま時間ねぇし行くぞ」

「…変なシズちゃん」

待ち合わせ早々俺の沸点がふつふつと音を立てた訳なのだが、今日は泣いても笑ってもプロポーズ大作戦決行の日である。こんなところでぶちギレては台なしだと、その場で怒りを押し込め、とにかくレストランに向かう事にした。

この記録的な土砂降りは、脳内で何度も何度も繰り返しシミュレーションした筈のプロポーズ手順を真っ白に吹き飛ばす程のアクシデントだった訳なのだが、時間と言うものは非情である。決して待ってはくれないのだ。
二人でタクシーに乗り込み予約したレストランに着くまでの間、食事が終わる頃にはこの雨が止んでくれますようにとガラにも無く神頼みをする俺を、隣に座る臨也が不審そうに見詰めていたがそんなのはどうでも良かった。
終わりよければ全て良し、なんて言う言葉もあるくらいだ。ここでウジウジしていても仕方が無いと腹をくくり、俺は到着したレストランに臨也を一先ずエスコートしたのであった。


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