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ドンドンドン!

ゴロゴロ、と、大きく雷鳴が轟くのと同時に古びた引き戸が激しく叩かれた。いきなりの出来事に、今の今まで下らないバラエティーに、ただ視線を投げかけていた俺は思わず身体を強ばらせ、それからゴクリと息を飲む。何と無く、ギクリと嫌な予感がしたのだ。

膜に包まれた様な、やんわりとした寒さの続く11月。その日は穏やかな天気が続いたとは思えない程の大雨だった。

そっと息を殺して玄関に意識を向ける。扉が再び叩かれる事は無かったが、今だに扉の前に男か女かも知れない人間が居ることは分かった。それから暫く、どうしたものかと考えつつ居留守を決め込んでいたのだが、どうやら玄関に付いているインターホンにはまったく以て気付いていないらしい相手には全てお見通しだったようだ。まるで俺の心を読んだかの様に居留守を決め込んだ途端、訪問者はドンドンドン、と、しつこく扉を叩きだした。

何度も叩かれる扉に耐え兼ねて、盛り上がりを見せているテレビはそのままに、俺は渋々とした表情のままゆっくりとした動作で立ち上がった。
それから、「今開けます」なんて適当な返事をしながら玄関へと歩みを進めるのだった。

さて、これは少し恥ずかしい話だけれど、その時の俺と言ったらガラにも無く、ついでに心の底から激しく緊張していたのだ。焦りと恐怖が入り混じる。何にそんなに怯えているのかと聞かれれば、答えに困ってしまうのだが、俺は確かに扉の向こうの訪問者に怯えていたのだ。何故だかこの扉を開けてしまえば、この先厄介な事に巻き込まれてしまいそうな気さえしていた。

ガラスの向こうの人影は、夜に溶け込む様に、黒い。俺はふと考えた。この扉の先に立っているのが、もし厄介な人間だったならどうするべきだろうかと。

(逃げるか、それとも…。)

思考の先を言葉にしかけて、止めた。そんな事をうだうだと考えるよりも、先ずは客人を確認がてら招き入れるほうが先決だと思えたからだ。
都合の悪い相手だったなら、今まで通りに上手くあしらえば良い。

せっかちなのか、今だに扉はドンドンと悲鳴を上げている。
内心、やれやれと諦めた様に、半ば意を決して扉を開けてみて驚いた。ずぶ濡れになった漆黒の闇が、ふらつく様にして俺の胸に飛び込んで来たからだ。

胸の中で小刻みに震えるソイツは、俺より一回り程小さな男だった。この冷たい雨の中を走ってきたのだろう、黒いスラックスには所々泥が跳ねていて、俺の肩に乗せられた相手の額は、驚く程に冷たい。

「おい、」

大丈夫か?
そう問い掛けようとした俺の声は、目の前の男の、細くて長い指によって止められてしまった。
黙れと言うことなのだろうか。されるがままに口をつぐめば、冷たい指をそっと俺の唇に押し宛てていたソイツは、ゆっくりと顔を上げ、思わず見惚れてしまう程綺麗な表情で、笑った。

一瞬、女かと思ってしまったのはこの際黙っておこう。同性の俺がこう言うのも可笑しな話かも知れないが、ソイツはとても艶やかで整った顔をしていたのだ。目の前のソイツは、そんな俺の思考などお構いなしに口を開き、それからとんでもない事を言い出した。


「頼みがある…俺を暫く、ここに置いてほしい」




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