小説 | ナノ


ある麗らかな昼下がり、事件は起こった。

「は、離れねぇ…。」

「は?」

最早恒例にもなった静雄と臨也の追いかけっこは、二人がばったり出会った瞬間に始まった。
静雄は何時も通りくせぇくせぇと言いながら標識や自販機を投げつけ、臨也も何時も通り静雄を馬鹿にしながら飄々と飛んできた凶器を避ける。
二人のやり取りに何一つおかしなところは無かったし、静雄も臨也も何時も通りだった。そう、何時も通りだったのだ。

臨也はピッタリと重なり合った静雄と自分の掌を、ありえないと言った風に眺め、そして考える。
こんなことがありえるのだろうか、と。
何故か自分とその好敵手である静雄の手がピッタリとくっついて離れないのだ。
まるで強力な磁石でくっついてしまったかの様に、ピッタリと。
初めは静雄の馬鹿な冗談だと思っていた臨也も、自分で相手の手と自分の手とを引きはがそうとして流石に焦っていた。
静雄の言う通り、どう力を込めて引きはがそうとしても、違いの掌がくっついて離れないのだ。

臨也はもう一度思案する。
こんなことがありえるのだろうか、と。
首無しの妖精が池袋でバイクを乗り回しているぐらいだ。そもそも有り得ないと言う事実こそが有り得ないのかも知れない。
思わず抱えた臨也の頭が、だんだんと痛くなる。

そもそも、二人の手が重なったのは偶然だった。
逃げる臨也に、追い掛ける静雄。体格の差や静雄の怪物並の体力に、運動神経に自信のある臨也の体力がそこそこ擦り減ってきた時の事だ。
だんだんと臨也との距離を縮め始めた静雄に、追いつかれるかと臨也が小さく舌打ちをした瞬間、静雄が盛大に転んでしまったのだ。
何に足を取られたのかは臨也には分からなかったが、有ろうことか、その転んだ静雄が咄嗟に掴んだのは目の前の臨也の手であった。

え?
思わず臨也は訳が分からず小さく呟く。
しかしそれもつかの間、小さく臨也が呟いた瞬間、臨也も静雄に引きずられる様にして盛大に地面とキスをする羽目となった。

どたん、と、大きな音が人気のない路地裏に響く。
繋がった手をそのままに体を起こした臨也が、忌ま忌まし気に静雄を睨み、早く離せよと冷たい一言を浴びせたが、それは叶わなかった。
目の前で何故か焦り出す静雄。
不可解だとばかりに眉を寄せた臨也だったが、理由は直ぐに解明された。
これはシズちゃんも焦るわけだ、と、臨也は重なった掌を見つめながらぼんやりと思う。
何故か二人の掌がピッタリとくっついてしまったのだから。

キレられるか、或はチャンスとばかりにボコボコにされるかと不安に駈られた臨也だったが、それは杞憂に終わってしまった。
これには当の静雄本人も酷く狼狽していたらしい。
静雄はあまりの出来事に、ポカンと間の抜けた表情でピッタリとくっついてしまった二つの掌を眺めることしか出来なかったのだ。
そんな静雄に臨也の張り詰められた緊張も途切れ、お前は何を呆けているのだと、何だか泣きたくなった。

「はぁ…仕方ない。行くよ。」

「え、はぁ?行くって、何処にだよ。」

「新羅のところ。ほら、立って。」

臨也の一言に正気を取り戻したらしい静雄の手を両手で引き、ぐいっと引き寄せ立ち上がらせる。
一先ず闇医者に見せるのが先決だろうと臨也の脳が判断したのだ。
静雄も臨也の判断が正しいと思ったのか、納得したように立ち上がる。

仕方ない。
これは事故であって、仕方の無い事なのだ。
そう自分に言い聞かせていた静雄だったが、しっかりと繋がれた違いの手を見て、何処か困惑した様子で臨也を引き止めた。

「おい…このままで行くのか?」

「あのさ、離れないんだから仕方ないだろ?俺だってシズちゃんなんかと手なんて繋ぎたくないさ。」

「殺す…。」

「それは取り敢えず後でね。」

殺すだの潰すだのと喚き始めた静雄を適当に嗜め、臨也は静雄の手を引いて歩き出した。
どこか腑に落ちなかったが、今は一時休戦するしか無いらしいと溜息を漏らす静雄も大人しく歩き出す。

万が一誰かに見られでもしたらきっと大騒ぎになるのだろう。
容易く浮かぶ最悪の状況に静雄はゾッとしたが、何処か照れた様な表情で俯きながら隣を歩く臨也を見て、たまにはこう言うのも良いのかも知れない、と静雄は密かに思った。

繋いだ掌が暖かい。
違いにそう感じた二人の顔は、沈む夕日の所為か真っ赤に染まっていた。






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