小説 | ナノ

※若干病んでます。





ぴちゃん、と、水滴が浴槽の海に小さな音を立てて吸い込まれた。
俺の髪から滴るその一滴一滴を眺めている内に、何だか自分もその水滴の一つになれるのでは無いかと言う不思議な錯覚に陥る。
コレが俺の最近の日常で、かれこれ約三ヶ月も俺は、その不思議な錯覚と共に過ごしたことになる。

もしかしたら、俺の前世は大海原を優雅に泳ぐ魚だったのかも知れないと思ったのは、今から凡そ一月前の話。
俺は大方現実逃避しているその考えを、何故だかどうしても捨てる事が出来なかった。

海は何時か帰る場所だ、と何かの記述で以前読んだことがある。母なる海は誰しもを平等に全ての始まりに導いてくれるのだ、と記されたそれを、その時の俺は下らないと一瞥した覚えがあった。
世界の始まりが海であるように、人間の始まりは母体の羊水である。その点を考えれば海が生命の始まりで生命の終わりなのも頷ける気がしたのは、本当につい最近の話だった


今では水葬なんて風習も無いこの世界で、自分はきっと水に還るのだなんて考えているあたり、自分はおかしくなってしまったのだとも思う。
しかし今の俺には常に、生命は水に還るのだという不思議な確信が付いて回っていて、気付けば毎晩こうしてお湯の張られたバスタブで、何をするでもなくぼんやりと光を反射するその流体を眺めているのだった。


(もし、本当にに水の一部になれたのなら…、)


唐突に、そこまで考えて、止めた。
やはり何だか自分が馬鹿馬鹿しく思えてきたのだ。
水になったところで何があると言うのだろうか。

頭ではそう分かっているものの、やはり俺はどうしても期待してしまう。
水になって、全ての煩わしさや喧騒から解放され、誰にも邪魔されず静かにどこかへたゆたう事を。


(そうだ、水に帰らなければ。)


ばしゃん、と、大きな音を立てて頭から俺の体が浴槽の海に吸い込まれる。
目を閉じて身体中の空気を鼻と口から一気に吐き出せば、途端に押し寄せる苦しみに今日こそ俺は水の一部になれるのでは、と、仄かな期待を抱いた。

俺は水に溶けて消えて、全てを忘れ何も考えず何にも縛られず自由に生きたい。
それなのに何時も脳裏にちらつく、あの不器用なな笑顔が歪んでしまうのだろうかと考えると、どうしても胸が傷んで仕方が無かった。

俺を好きだと言った彼。
背が高くて、怪物並みの馬鹿力を持っているくせに、俺にはまるで壊れ物を扱うかの様に触れてくる、人間。

ザバン、と、まるで重力に反射されたかのように俺の体が浴槽からはい上がり、ぐったりと浴槽の縁にうなだれる。
ゲホゲホと気管にはいった水分を吐き出せば、途端にじわりと目頭が熱くなって、嗚咽を上げながら俺は情けなく泣き喚いた。

だめだ、まだ、だめなんだ。
まだ水には還れない。

本当は、水に溶けてしまいたい訳ではないと、頭の何処かで理解しているつもりだ。
単に俺は、恋に溺れる様な下らない人間に成り下がった自分が死にたく成る程大嫌いで、だから毎夜の如く自分を殺してしまおうと水に潜るのだ、きっと。


(結局は美しい理由が欲しかっただけ、なんていう、馬鹿な話。)



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