小説 | ナノ



この男と自分の関係とは何だろうか。まどろむ瞳に映ったふわりふわりとたなびく煙草の煙りをぼんやり見つめながら、臨也はふとそんな事を思った。

喧嘩相手、と言うのが自分達の最もしっくりくる立ち位置なはずなのだが、ではこの状況はどう説明するべきか。
そこまで思考を巡らせたところで、全く見えて来ない答えに諦めをつけるかのように彼は溜息を漏らした。

どうせ考えたって分かりっこないのだ。
臨也の目の前で、ベッドの縁に腰掛けながら煙草をふかす静雄との関係も、彼が臨也に対して抱いている想いも。

喧嘩相手。
その立ち位置は間違っていない。しかしただの喧嘩相手と関係を位置付けるのはどうだろうかと思う程に、二人は肌を重ね合わせ過ぎていた。

このセックスフレンドの様な関係の始まりが何時だったか、臨也はもう事の始まりをはっきりとは思い出せないでいる。

気付いたらまるで互いの喧嘩の延長線の様に、こうしてセックスに勤しんでいたのだ。どちらがこういった提案をしたわけでもなく、誘ったわけでもなく、いつの間にか、自然に、だ。

セックスフレンド。
聞こえは悪いが、臨也にとってそれは非常に便利な位置関係であった。こうして不毛なやりとりをしていることすらも、生きている上で必ずしもついて回る性欲を、互に本能という便利な常用句で以て処理しているに過ぎない事にできるからである。
事にできるから、と言うのは、臨也が少なからず目の前の男、平和島静雄に対して浮ついた甘い想いを抱いてしまったからであった。
認めたくない。でも好きなのかも知れない。臨也はそんな反発する想いの複雑な心境を、常に抱えていた。

自分と相手とにおける非生産的なやり取りは、彼にとっては非常に都合が良いのだろう、と、臨也は思う。同性同士のセックスでは何をどう間違えようと子供が出来ることは無いし、別に付き合っているわけでも無いのだから、浮気だなんだと建前に縛られることもない。

それは臨也にしたって相手と同じで、低リスクで互に快楽を貪る事が出来るのだから効率の良い方法だな、とも思っていた。
そう、思っていたのだ。

いつの間にかこの関係がすんなりと馴染んでしまったのと同時に、臨也は静雄以外の人間とセックスすることが無くなってしまったのだった。
もともと臨也は同性愛者ではなくノーマルな人間だった為、たまにに女性とそういった行為に及ぶ事があったが、静雄と肌を重ねて以来それすら無くなってしまった。

静雄も恐らくは自分だけなのだろう事は憶測ではあるが、はっきり分かる。と言うのも、池袋を滅多に出ることの無い彼に女性の方から声をかけることはまず無い。彼は池袋で有名な喧嘩人形様なのだから。そして、これだけの馬鹿力を以って女を抱く静雄が想像出来ないのも理由の一つであった。

ふぅ、と、静雄の整った唇から再び煙りが吐き出される。情事後の彼は何時もこうしてベッドに腰掛け、毒物を肺一杯に吸い込むのだ。
臨也はそんな静雄の様子を観察するのが好きだった。
先程まで自分の体を舐め回し、散々暴力的なマーキングを施して行ったあの唇が穏やかに煙を吐き出す様は、何とも言い難いギャップに包まれている。


「ギャップ…かぁ。」

「あ?」


ぽつりと呟かれた言葉に、静雄が怪訝そうに眉を寄せながら臨也を見た。
得に言葉の意味を問い詰める様な眼差しでは、ない。単純に臨也の言葉をはっきりと聞き取れなかった様に思えるそれに、なんでもない、と、臨也は溜息を漏らす。
さほど興味も無いのか、「そうか」とだけ呟いて静雄はそれっきり何も話すことは無かった。

あんなに乱暴に、それこそ自分を殺そうと標識や自販機を投げつけてくるあの手が、暴言ばかりを口にするあの唇が、優しく壊れ物を扱うかのように自分に触れてくる。これをギャップと言わず何と言うのだろうか。

いや、壊れ物を扱うかのように、と言うのは一部語弊があるかもしれない。彼は時たま、まるで臨也を喰い漁るかのように荒々しいマーキングを施すことがあった。
今日だってそうだ。皮膚を噛み切りぷつりぷつりと血液がその白い肌に浮かぶまで、静雄はまるで臨也を束縛するかのようにそこに整った歯型を残す。

まるでお前は自分の物だと言われているような噛み跡が存在する首筋をそっと撫で、臨也はもう何も考えたくないと言った様子で枕に顔を埋めた。

喧嘩相手。セックスフレンド。自分達の関係をそんな言葉で括ってしまいたい。その思いが確かだったのは何時までだっただろうか。
あんなに優しく触れられて、愛でるようにキスをされて、この男は自分が何も思わないとでも思っているのだろうか。

セックスフレンドにしては甘ったるく、恋人にしては殺伐としたこの関係に名前はあるのか、それすらも分からない自分が臨也はもどかしかった。


「寝るのか?」

「寝る…。」

「そうか。」


喧嘩以外での会話のやりとりは何時も短い。
寝る、とだけ答えた臨也の髪を静雄の大きな手がそっと撫で出し、臨也は何だか泣きたい気持ちでいっぱいになってしまった。


(ねぇ、はっきりさせてよ…。)


言えたらどんなに楽だろうか。心の中で呟いた言葉も、自分が静雄に対して寄せてる想いも。
言ってしまったらすべてが崩れてしまうような気がして結局何時も言えず仕舞いだった言葉の数々を、臆する事なく言えたなら、今の関係は変わるのだろうか。容易く予想できるそれに、ずくりと胸の奥が痛んだ様な気がして、そんな自分をごまかす様に臨也はそっと目を閉じた。







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