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麗らかな午後。
窓辺から差し込む温かな日差しの中、上質のダージリンにアプリコットのジャムを落としたロシアンティーを口に運ぶ。甘酸っぱさがじんわりと舌に広がり、それだけで幸せな気分になった。
実はロシアンティーと言うのは、名ばかりである。実際ロシアンティーとは日本人が勝手に生み出した紅茶の嗜み方であって、ロシア人は紅茶にジャムを落とすのではなく、ジャムを舐めながら紅茶を飲むのが一般的とされているのだ。
まぁ、俺はロシア人ではないし、この紅茶の嗜み方を何だかんだ気に入っているのでこうしてジャムを落としている訳である。

「おい、何現実逃避してやがる。」

ピシリ。
思い出したくない奴からの一言で、俺の麗らかなティータイムに大きな皹が入った気がした。
いやいや、だってそうでしょ。何でお前がこんなところに居るんだしずお。お前は池袋人だろうがしずお。何故俺の事務所のソファーにどっかり座ってるんだしずお。答えろしずお。
ああ、そうか、俺とコイツが恋人とか訳わかんない関係になってしまったからか。そうか、そういうことか。
だがしかしティータイムぐらいゆっくりさせて欲しいものだ。

紅茶でも飲もうとキッチンに立ったのが約10分前。何故か奴が事務所のドアを大破して侵入してきたのが約8分前。
もう何なのコイツ。何で人がゆっくりしようとした瞬間に現れるの?何これ何の嫌がらせ?

何だか悲しくて泣いてしまいたい気分でいっぱいである。実は会えて少し嬉しいなんてことは思ってない。

大体ドアの修理代は誰が払うと言うのだ。
ほんといい加減にしないとマジで警察に突き出す、と凄んでやりたいのは山々なのだが、余り刺激すると更に部屋が破壊されそうなのでこれが中々言い出せない。

「おい、無視してんじゃねぇ。」

「あのさぁ、ドア壊すなって何度いえば分かるの。普通にインターホン鳴らしてくれれば開けるって言ってるでしょ?その、あの、恋人なんだから…その、普通に、入ってくれば…えと。」

「なっ、何でそこで照れんだよっ!反則だろうが!!」

「だっ、だって、その。」

かあぁ。そんな効果音さえしそうな勢いで俺の頬が熱を持つ。あぁ、これはもしかしたら赤面してしまってるかも知れない。ああもう恥ずかしい。
大体コイツがいきなり来るのが悪い。事前に電話でもしてくれれば俺だって色々と、心の準備足るものが出来るのだが、如何せん奴は神出鬼没なのだ。

ずず、と温かな紅茶を啜りながら、チラリとシズちゃんを盗み見る。
本当に、ひょんな事から恋人になって以来、シズちゃんは優しくなったと思う。
時折、驚く程優しく彼は俺に触れるのだ。俺を見つめる眼差しがとても暖かい様にも思う。
愛しはするけれど、愛されて来なかった俺にとって、この関係は何だかむず痒い。

人間はやっぱり不思議だらけだ。優しくされれば、何故か優しくしたいと思ってしまう。
嫌い嫌いと言い続けてきたシズちゃんに、こんな感情を抱いてしまう時が来るとは、きっと彼と出会った頃の俺は思いもしなかっただろう。

「おい、俺にも煎れろ、それ。」

「あれ、紅茶好きだったっけ?」

「さっきっから甘い匂いがして、スゲー気になんだよ。」

「あぁ、甘いの好きだもんね。」

仕方ないなぁ、と、呟きながらカップをソーサーに戻し、立ち上がる。
優しくされれば、優しくしたくなる。愛されれば、もっと愛したくなる。
やっぱり人間は面白い。

そんな素敵な事実に気付かせてくれた彼の紅茶に、ジャムと共にたっぷりの愛情を、俺は落とすのだった。


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