小説 | ナノ

※弟と兄/悲恋


穏やかな午後、温かな紅茶を一口啜って目の前で優しい笑みを浮かべる兄を見つめる。
兄は同性の俺が言うのもおかしな話かも知れないが、それはもうとても綺麗なひとだった。
白い肌に黒い艶やかな髪。スラリと伸びた手足は細く、抱きしめれば折れてしまいそうだとさえ思う。
新宿にある兄の事務所でこうしてお茶をご馳走になるのは、実に半年ぐらいぶりだった。

兄は新宿、俺は池袋と互いに近場に住んでいるものの、普段忙しい兄とこうしてゆっくり話をすることは滅多に無い。
多分いい茶葉を使ってるんだろうなぁ、と、思われる紅茶は普段飲むティーパックのそれより格段に美味かった。

「シズちゃんも大きくなったよね。覚えてる?ちっちゃい頃は良く俺の後ろ着いてまわってたんだよ?」

「やめろってイザ兄、今そんな話されっとすげー恥ずかしいだろうが。」

「可愛かったのになぁー、あの頃のシズちゃん。」

今じゃあ俺よりもずっと大きくなっちゃったけどさ、と、兄は笑った。
イザ兄、シズちゃん。
それが俺達のお互いの呼び名だ。思春期になろうと大人になろうと、俺は兄のことをイザ兄と呼び続けたし、イザ兄も俺のことをシズちゃんと呼び続けた。

俺はそれが、何だか特別な気がしてならなかったのだ。兄をイザ兄と呼ぶのは俺だけで、俺をシズちゃんと呼ぶのもイザ兄だけなのだから。
イザ兄の事が大好きだった。ずっと昔、まだ幼い頃から、ずっとずっと一途に想い続けてきた。
そんなイザ兄が、来年、結婚する。

「それで、式は何時なんだよ?」

「具体的には来年、としか決まって無いんだよね。俺も結構忙しいから中々段取り決められなくて。」

そう言って笑うイザ兄の表情は、どこか複雑そうだった。
それもそうだろう、イザ兄にとって、これは望んだ結婚では無いのだ。
今の時代珍しい、所謂政略結婚。相手側と家の両親が勝手に決めた良縁だった。

「今の時代に政略結婚なんて、笑っちゃうよね。それに逆らえない俺はもっと馬鹿みたい。」

「イザ兄…。」

「そんな顔しないでよ、シズちゃん。」

良いんだよ、これで。もう諦めたから。
そう言って笑うイザ兄に、胸が痛む。どうして兄がこんな目に合わなければいけないのだろうか。どうして彼が顔も知らない女と、結婚をしなければならないのだろうか。

悔しくて、悲しくて、そして切ない気持ちを俺はどうすればいい?

「寒くなってきたね。もう冬が近付いてきてる。」

木枯らしの吹く窓の向こうを見つめて、イザ兄がぽつりと呟いた。
イザ兄は覚えているだろうか、幼い頃、イザ兄をお嫁さんにすると言って聞かなかった俺との約束を。
大きくなったらイザ兄をお嫁さんにする、と、言った俺に、彼はシズちゃんが大きくなっても俺のこと好きだったらね、と、優しく笑ったのだ。

なぁ、あの頃の約束はまだ有効なのか?イザ兄が言ったから、俺はあの頃からずっとイザ兄の事だけを見てきたんだぞ。
そう、伝えてしまいたかった。しかし、俺達は同じ男であって、しかも血の繋がった兄弟なのだ。
イザ兄を連れて逃げてしまいたい。俺だけのものにして、誰にも奪われないように隠してしまいたかった。

しかし、兄弟と言う壁がそれを邪魔するのだ。

「ねぇ、シズちゃん。」

「なんだよ。」

「俺さ…、」

イザ兄が何かを言いかけて、やめた。やっぱり何でもない、と、穏やかな瞳で俺を見つめるイザ兄に胸が熱くなる。
やめてくれよ、そんな瞳で見られたら勘違いしそうになる。

抱きしめたくて、口づけしたくて堪らないのに、それが出来ない苦しさが煩わしい。
イザ兄の薬指では銀色の指輪が鈍く輝いていた。


















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弟→(←)兄。
多分イザ兄(笑)もシズちゃんのこと好きです。
何時か続きでほんとに連れ去っちゃうしずいざも書きたいです。

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