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「めちゃくちゃ怖かった」

「お疲れさんwww」

教室の鍵を開けた瞬間さっと潜り込んで適当に近場の机に伏せる私、高尾鈴です。だってめっちゃ久しぶりに目使った。分り辛いけど使ったんですよ、私頑張った。もう10年は使いたくない。ちなみに和成は半苦笑い、半爆笑で背中を擦ってくれている。笑うか慰めるかどっちかにしていただきたいですね、切実に。
ぐっと背中を伸ばして一息…これってすごく年寄っぽくないか。そうでもない?よしならセーフ。さて。くるっと体を反転させ、こちらを凝視する4人を見上げた。どれもあの嫌な目ではないけど、これはこれで別の意味で痛い。いやなに首がね。

「…はあ」

さっきの会話はちょっとだけ覚えてる。確か宮地さんが後で聞かせろって言われた。そのお言葉に甘えて前に集中してここまで来た。…なんか、いざ説明すると何故か緊張する。初めてのことはいつだって緊張する。好奇心もあるけど今回はない。
探索しながらお喋りしようと(勝手に)決めたわけだから、手始めに机の中でも見ていこうかな。少し低い机を見下ろしながら腰を折り、中を覗き込んでいく。この中に何かあったら怖いよね。例えば異物とかね。あーホラーの見すぎかな。

「説明ってどういえばいい?和成」

「そこからなのね!」

傍から見れば不自然に辺りをきょろきょろしている和成に言われながらも手は止めない。手を止めた時は和成を殴ると思う。うるさい、とか言って。声で化け物来たらどうするのとかこの時は言えなかったし思いつかなかった。あと、気晴らし。大丈夫、これも一つのスキンシップだから。
和成は、どうやって説明したんだろう。でも和成の場合、私みたいに視野が狭くなることはないもんな…。視たままを言う?それでこの人たちが理解できる?私なりに考えてみたがなんだかめんどくさくなってきちゃった。もう適当に言ってもいいかな。適当に言っちゃうね、異論はないよね。

「まず、さっきなんで高尾の袖掴んでたんだ?」

「私の場合、目を使うと視野が狭まるんです。その方向しか見えなくって、周りが見えないくなっちゃうんですよね。ですから真っ直ぐ歩けない…らしいです」

とか言っておきながら8割真面目に言ってみるやつ。適当が思いつかなかった。そんな馬鹿な。とりあえず視えるそのままを伝えてみたが、伝わるだろうか。これで「は?」とか言われたら落ち込む。分かりやすく説明しろっていう方が無理だ。だって人に言うつもりなんてなかったし。予め考えているわけないだろ!

「その"らしい"というのはなんだ」

「え?ああ、目の前が見えていないから、歩くに歩けてないみたいで。和成が教えてくれたんだけど」

確か目を使って歩いてたら危ない!って突然叫ばれて何事、と思う前に額を壁にぶつけた記憶がある。幼かった私はちょっと泣きかけたような気もするが、さすがにもう詳しくは覚えていない。覚えていたくもない。だって黒歴史。

それから和成が次目を使う時は俺に捕まっとけと当時からなんともかっこいー台詞を…昔から中身までイケメンとか、はいはいハイスペック、ハイスペック。どうせ私は平凡ですよー。和成にいいところ全部取られちゃったんですよ、全然構いませんけど。
……今考えたらあれはそういう意味だったのか。幼い頃から考えてたんだなぁ…となると、私幼い頃から和成に助けられてばっかりじゃん。私何も返せていなくね?これはヤバいな。

「だから袖に捕まっていたのか」

「あれは摘まんでたんです」

「どっちでもいいわ」

いえいえ大事な事です。捕まるとはしっかりと、摘まむとは弱弱しいもの。その強さによって引き剥がすのもまた自由。と謎すぎる力説をする私と、それを一応聞いてくれる宮地さんの図が出来た。端から見ればカオスである。摘まんでただけなのに捕まったと表現されたのがいただけない。うん、自分でも分かるほど下らないことに噛み付いてしまったと思う、思うが!

「お前ら口動かすのはいいがちゃんと調べろよー」

「おう。この話は終わりな。行くぞ」

「はーい」

大坪さんの一言によってどうでもいい会話が終わった。うーん誠凛の主将さんもかっけーんだけど、秀徳の主将さんもかっけーよな。陽泉さんは主将よりも氷室さんの方がかっこよく活躍してた、ような。ヤバい余計なモン思い出してしまった。私の馬鹿!陽泉プラスな形で思い出してしまった…うおおお鳥肌…。

…あっ、ていうか何普通に喋ってんだ私。ていうか普通に話してたよね向こうも。……あれ?他みたいに敵意識みたいなのないの?私が和成の妹だから?それとも油断させてぼろ吐かせようって根端?確か秀徳って偏差値そこそこ高かったよね。うーんありえなくもないぞ。けどこの方がまだ私が楽だ。窮屈しなくて済む。

「あ、煉瓦」

「なんで煉瓦ww」

「これ最初に桃井が躓いて転んだ原因のやつなんだよね」

「…あの時のかwww」

今記憶辿ったな。さて覚えているだろうか。体育館に全員集合する前、桃井が躓いて転んだのだ。そこで化け物と遭遇、急いで逃げた。特徴は確か…手、じゃないな、なんだっけ…何かがなかったはず。別に覚えていなくてもいいよね。答えは聞いてない!
ちなみに発見場所は机の中です。なんでこんな物がこんなところにあるんだよ!と内心突っ込んだ。なんなの?こんなもの持っていても損だよ?得なんか絶対ないと思う。せっかくだからこれもまた体育館入り口前に置いておこう。いやー重いね。

「これ例の紙切れか?」

「そうだと思います」

「よくやった木村」

「おう」

さらっとあの紙を見つけた木村さん。木村さんを探すと教室の隅に位置する、教師の机と思わしき場所にいた。どこの学校も同じものがあるんだ…。そういえばここどこだ。コンピューター室の隣だから…ええと、3年4組かな。
右後ろ側の机を重視に見ていた私と、反対に位置する左机を見ていた和成が不意に声を上げた。

「先輩、何か聞こえません?」

「?いや、何も…」

それはとても不思議な内容だったためそこで会話が途切れる。鈴は、と言う感じにアイコンタクトをもらったが、私も何も聞こえていないので首を横に振るしかない。和成は首を傾げ、周りを確認しているようだった。
もしその音が廊下の方からなら私が一番に聞こえるはずなのだが…あ、あと前の方にいる緑間も廊下側にいるわ。廊下に近い二人が聞こえていないなら廊下側から音がした可能性は低い。ならば、どこだろうか。これが和成の空耳ならばいいのだけれど…。
周りを警戒し始めた時、足元を生暖かい風が通り抜けて行った。突然で声も出ず、ただ体が跳ねた。タイミング良すぎかよ…。
え、あれ、風…?

そんな時だった。
どこからかカリカリ、カリカリ、と猫が柱を引っ掻くような物音が聞こえ、全員の動きが一瞬止まる。全員?
辺りを見回すが何かいるという影はない。むしろ、何も見えない。和成たちがいて、前後に机、黒板に教卓、カーテンの閉まった窓、揺れたロッカー、静かな教室。………ん?

「揺れたロッカー?」

「っ!高尾!今すぐそこから離れるのだよ!」

「へ、っうお!?」

緑間がそう叫んだ終りの方で和成の後ろにあったロッカーが小さく揺れた。そのロッカーは縦長の、箒を入れるロッカーだという事は分かった。あれって割と軽いから揺らすのは簡単…誰も近くにはいなかったし、精々和成が一番近かったけど手を伸ばせば届く――そんな距離でもなかった。……ホラーのテンプレ来ちゃう?

教室の隅っこに置かれたロッカーから避けるようにじりじりと後退していく私たち。誰も視線はロッカーから外さずに机に気を付けながら緑間のいる方へ寄っていく。彼のいた位置が、ロッカーと一番離れていて相対する場所、そしてすぐに入口もある。最高の逃げ場所だ。鍵がしまってなければ、の話だけど。

全員が集まりかけたところでそのロッカーが一番激しく揺れた。
カリカリ、がたがた、カリカリ。
引っ掻きながら揺らしているのだろう。嫌な音を立てながらもそのロッカーは揺れる。そしてついに――前に倒れた。


私の見間違いでなければ倒れた方、つまり下は開け口だったと思うんだけど。

20150520


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