短編2 | ナノ
かっちゃんと彼

(かっちゃん乙女気味かもしれない)



「触ん、な…!」

パンッ、と何かを弾くような乾いた音が教室に響く。そこまで大きくないのにまるでその声だけが切り取られたかのように僕の耳まで届いたその声に僕は頭を動かした。でも反応したのは僕だけじゃなかったらしく、さっきまで騒がしかった教室内は今はシンと静まり、皆ある一点へと視線を向けていた。

――視線の先。幼馴染のかっちゃんと、その手前にいる中学からの同級生で友達のみょうじくんがいた。
かっちゃんは手を宙に、彼の手も顔の横で手が止まっている。…いや考えなくても。あの声はかっちゃんのもので、乾いた音はみょうじくんの手が弾かれた音だって。

かっちゃんとみょうじくんは中学からの知り合いで、同級生で、友人で……そして、恋人だ。なにがどうあってそこまでに至ったのかは詳しく知らないけど…そこはまあともかく。
彼とかっちゃんが恋人なのはいつの間にかクラス中が知っている公認の仲。ちょっと珍しい組み合わせだから余計に気になっているんだと思う。僕も二人の知り合いとしても、とても気になる。

どれくらい、一分もあっただろうか。止まっていた二人が…いや、一人が動いた。

「…あ…ごめん」

みょうじくんは中途半端にあった手を下した。かっちゃんの方を見ると視界に入れたくないらしくみょうじくんから顔ごと背けやや俯いていた。一向に振り向く気配のない様子を見るとかっちゃんから背を向け、切島くんたちの方へ向かった。
かっちゃんも彼が離れるとどこかほっとしたような顔した…かと思えば、悔しそうに、苦しそうにも見える顔で歯を食いしばっている。そんな顔にもちろんみょうじくんが気付くはずもなく。

一体この二人に何があったんだろう。

彼はというといつもの様な雰囲気で「切島〜」「お!?どうしたみょうじ!?」といつもの様に友人に絡みに行った。クラスのみんなもそんな彼に感化されたのかじわじわとさっきまでの賑やかを取り戻していく。

「爆豪くんとみょうじくん、どうしたんやろね」
「喧嘩だろうか。それにしては一方的なような気が…」
「………」

僕は何も言えずそれだけ二人の会話を聞いているだけだった。この後の二人は顔も合わせず、お互いも見ず、こんなの初めてで。きっとこれは初めての喧嘩…のようなものだと思う。
まさか初めてでこんなにも長期戦になろうとは思いもしなかったけど。ただこの時の僕はまたいつもの様になってくれればと願っていた。

この日、この二人が一緒にいるところを見た人はいなかった。



かっちゃんとみょうじくんが話すところを見なくなって数日。

初日はある意味地獄だった。
昨日のことがあるから、とクラスの皆が気にしてて、それに感づいたのか単に視線が鬱陶しかったのか、かっちゃんは「なに見とンだゴラァ!!」って爆破乗せながら威嚇するし、それに対しみょうじくんは一瞥すらせず、ずっとスマホを触っていた。まるで全く興味ありませんって感じの…。そういえば二人が付き合う前とか僕とも話すようになる前ってこんな感じだったなと思い出していたら横から呼ばれて振り返ったらみょうじくんだし、内心、いや体全体が動揺してたし絶対みょうじくんも分かっていたし、気付いていながらも軽く笑って流してくれた。
単なる雑談だったけど、僕はかっちゃんの気に障って何かしてくるんじゃないかって気になってみょうじくんの話を半分聞けてなかったというか…。
その日一日、かっちゃんが嫉妬で何かしてくるんじゃないかと思ってずっとびくびくしてたけど、別に何もなくてむしろ普段道理すぎて逆に怖かった…。

いつ仲直りするのか周りが窺っている間に今日がやってきて。

(うっわ機嫌悪い)

いや昨日が機嫌悪かったわけではないけど。
教室に入るなりすでに来ていたかっちゃんが視界に入り、誰が見ても機嫌悪いと決めつけれるあの悪人顔。どれほど凶悪かって人を二人は殺してきたんじゃないかと思うほど。ヒーローを目指す者としてそれは…と言ったらキリがないけど。
今日はそっとしておこうと心に決めた。けど、

(今日のヒーロー基礎学…戦闘訓練じゃなかったっけ)

もし対人戦なら間違いなくだれか死ぬ。想像してぞっとして、どうか、かっちゃんとは当たりませんようにと密かに願った。


今日の訓練は1対1の個性使用禁止の対人訓練。拳と拳の殴り合い。くじ引きで相手を決めたわけだけど僕って本当ついてないと思う。

(かっちゃんとだ…)

こうなることは予想してた。分かってた。だから何も驚かないし、やる前からイライラを隠しもせず貧乏揺すりしてるけど今更怯まない。個性禁止だから使えない分のストレスでも溜まるのだろうか。かっちゃんから視線を外し前を向こうとして視界の端でみょうじくんが困ったように笑うのが見えた。
少し気になるけど今はかっちゃんの機嫌をこれ以上損ねない程度に動いて、あわよくば新しく何かを見つけたいところだけど…。

「――…はぁ…」
「―は、…クソがッ!」

地面に寝転ぶ僕を苛ついた顔して見下ろすかっちゃん。結果は僕の負け。これでも結構ついて行けたと思うけど、やっぱりかっちゃんはすごいな…。僕も負けてられない。
未だ立ち上がれず息を整えながらかっちゃんを見上げる。多少息は切れているもののまだ動けそうな感じだ。その目は、今どこを見ているのか。

「……かっちゃん、みょうじくんのこと、」
「黙れクソカス」
「まだ何も言ってないよ…」

どうやら地雷らしい。みょうじくん。その言葉に分かりやすく反応したかっちゃんはこちらを睨み殺さんとばかりに見下ろす。でもここで怯むわけにもいかない。

「…何があったかは知らないけどみょうじくんと仲直りしないの?」
「黙れっつってンだ聞こえねえのかカス」
「ちゃんと話合いしてね」

僕と君じゃないんだからさ。そんな意味も込めて言う。かっちゃんは目を逸らし僕に背を向けた。

「……てめェに、」

言われんでも。
ぼそりと呟いた声は辛うじて聞こえた。かっちゃんってさぁ…と呆れる僕の視線に気付いているのか気付いていないのか。なんにせよ前向きに考えてくれてるみたいでよかったよ。そろそろクラスの皆が動き出すかもしれないしね。


***

何日も話さない、目も合わせない、絶賛喧嘩中のカップルかよ、いやカップルか。そんな日々もこれで何日目だと数えるのも面倒になってきた今日この頃。放課後になり帰る支度をしていたところに無言で爆豪に連れられ空き教室に放り込まれた。先に放り込むなり、後から自分も入り、扉を閉め鍵もかけられた。そこまでしなくても逃げるつもりは初っからないんだけど。
こうやって彼と向き合うのは久しぶりだ。なんてったってあれ以来会話も、目も…ってさっきも言ったな。

あの日も、いつものように話しかけようとしたら突然手を振り払われたのだ。唖然としながら、あの瞬間はスローモーションのように見えて。振り払った本人が一番傷ついた顔してる。それは一瞬の事だけど。すぐに顔を逸らされ、ここまでの一連の流れで漸く、俺は拒絶されたんだと気付いた。
ざわつく心を無視していつものように切島たちの元へ行った。切島たちもちょっと不安そうだったけど大丈夫と言って。…ちょっと爆豪の体調が悪そうだったから聞きに行こうとしただけなのに。結局あの日は最後まで視線は感じなかった。

久しぶりに見るあの赤い目は何を言おうか迷っていた。同時に、俺から切り出した方がいいのかも悩んでいた。
無言の間が暫く続き………俺から口を開く。

「どうしたんだよ爆豪。突然こんなとこに引っ張って」

俺は逃げないのに。言い切る前に赤い目と視線が絡む。漸く口が動いた。

「俺は、」

それだけ話しただけなのに、歪む顔に俺はどうするべきだろうか。どうして泣きそうなのか。俺には理解できなかった。ただ一つ、真面目な話なんだろうなと。俺は言いかけた言葉を飲み込み口を閉じた。それが分かったのか言葉に詰まる爆豪。

「……俺は、最初なんとも思ってなかったんだ」
「うん」
「地味だしつまんなそーな奴だし、暇だったから遊んでやろうと思ってたんだ、それで」
「うん、知ってたよ」

突然何をと思ったが、なんだ、そんなこと。へらっと笑うと内容に驚いたのか、ぽかんと口を開けこちらを見ていた。中学の頃か、なんだか懐かしい。まだほんの数年前だというのに。
中学生の俺はそれはそれは地味な奴だった。眼鏡をかけ、休み時間には本を読み、そりゃもうテンプレのような地味男を演じていた。そのおかげかあまり人は寄って来ず、楽な気持だった。眼鏡は伊達だけど。単に人付き合いが面倒だっただけで他意はない。
そんな俺に爆豪含む、元気なやんちゃっ子らが絡んできた、というが正しいか。何が面白かったのかその後もちょいちょい絡んできて、やや色々あって何を思ったか爆豪と付き合うようになり…という感じか。この付き合いだって好きなんて感情はこれっぽっちもなかったんだ。お互いに。好きとか付き合ってくれとか、そういうのすらなかったんじゃないだろうか。何がきっかけでこうなったんだろうなぁ。

これまでの事をあれやこれやと思い出し、記憶に浸っていた俺を現実に引き戻すには十分すぎるくらいの爆豪の声が教室内に響く。

「はぁ!!?なッ!?いつ、」
「割と始めから?君、俺に興味なんてなかったし」
「ぐっ」
「揶揄ってるって言うよりは遊んでるだろうなってのは目に見えて分かってたし」
「は、」
「まあでも……」
「……?」
「一緒にいるうちに本気になっていったのも、事実だし」
「……!」
「君も、そうだろ?」
「……ったり前だボケ!!」

一緒にいるうちに彼の事が少しずつ分かって来て、何となくその気持ちの変わりようにも気付けたのは幸いだった。こうして今も一緒にいるのだから。
元々それほど空いていなかった爆豪との距離を縮め、触れるだけの軽いキスをした後、耳に触れ、頬を撫で、互いの額をくっつけた。突然の俺の動きに驚いたのか、久しぶりに近いからか、…それともこの後の事を考えてくれてるのか、爆豪の耳はほんのりと赤い。

「俺に言うことはある?」
「…構えや」

次の日には迷惑かけてごめんねと緑谷くんに報告できた。



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